泡がピチピチ刺戟する
どうも自分は、人がいいようである。
編集部から送られてきたワインボトルを手にとって、今回はだまされないぞと誓ったのだが、なで肩瓶を透して見える赤い液体の色合いを見て、すっかり赤だと思い込んでしまった。
前回のポートですっかり気を良くしたのか、編集部はまた変わった手を繰り出してきたのである。
コルクを開け、グラスに注げば、赤ではない。グラスの縁に泡立つ微発泡で、濃いロゼ色である。ベルビュークリーク(編集部注:ベルギー産フルーツビールの一種)のような色合いである。
赤だと思いこんで、牛肉を用意したこの俺をどうしてくれるっ! と一人叫んでも、誰も助けてはくれない。
鼻を近づければ、カラメル香のような甘い香り。おおっ、しかも甘口かい。よけい肉には合わんではないか。
しかしこちらも5回目となれば、用意周到、準備万端。色々なチーズで迎え撃つ用意はしてあるぞ。ふふ。
飲めば、ゆるりと甘い。前回のポートのように、こっくりとした甘さが舌に広がるのではなく、緩やかな甘さが舌を包み、泡がピチピチと口腔を刺激する。
微発泡といってもランブルスコのように、泡が赤色ではない。白く泡立つのである。
これはまずチーズである。ミモレットと合わせよう。むむ、合わないなあ。ミモレットのうま味と寄り添う気が、まったくない。
ならばさらにアミノ酸的うま味の強い、スコットランドチェダー、アイル・オブ・アランはどうだと試してみたが、お互いがそっぽを向き合うだけである。
次に、よく熟成してとろりとなったモンドールとも合わせてみた。ああ、これもチーズとワインが舌の上で決別する。さようならと言い合って、味がバラバラになる。
不安になってきた。このまま飲み進めるだろうか。そこでグラスをより甘みを感じさせない、ボルドー型グラスに変え、シェーブルで試す。
ふふ。やっと来た。シェーブルが含む、ほのかな草の香りと塩気や酸味が、この緩やかな甘みや香りと溶け合う。優しく抱き合う。
ヤギがブドウを食べている。ブドウ畑で葉をムシャムシャと、食んでいる。
ふと、イソップ童話を思い出した。一匹のヤギが柔らかいブドウの芽を食べたブドウの木は、ヤギに言った。
「どうして僕を、傷めつけるの?
緑の草を食べ尽くしてしまったの?
きみにこんな事をされても、ぼくはきみが生け贄になる時には、ちゃんとブドウ酒をたっぷり供えてあげるつもりなのに」。
友だちの物を盗む様な人でなしに聞かせて、猛省を促す童話だが、いま目前のワインとヤギの乳は、仲睦まじくじゃれ合っている。うん、いいぞ。