ある場所に行って、そこに流れる空気や音、光、匂いなどが心地よく、それらが自然に体内に取り込まれていく時「そこが自分の性に合っている」と感じる。この感覚は人との相性と同じ様なものである。好きになった理由など並べて説明しようとしても無理なのだ。イタリア以外でその魅力に取りつかれたのは「海あり、砂漠あり、カルチャーあり、娯楽あり…」様々な顔を持つアラブの都市ドバイ。わたしにとっては、言葉、文化、宗教、風習も何もかもが未知で異なるワンダーランド、五感のすべてに新鮮に響き体感することを楽しめる、そんなドバイでのエピソード…
【アラビア海の人魚】
サンドベージュの砂浜を持つペルシャ湾の美しいリゾート。4月のある日、作品展の素材を探してビーチを歩いていた。誰の足跡もないまっさらな砂浜を歩くのは爽快だ。一足一足が砂にくっきりと刻まれる。さくっというその音を聞きながら進むのがいい。振り返って自分がつけた足跡を眺めるのもまたいい。波はそんな足跡など簡単に消し去ってしまう、まるでわたしなど存在しないかのように… 寄せては返す波と戯れる。波に運ばれて堆積した白やピンクの綺麗な貝殻を無心になって拾い集める。子供の頃に戻ったみたい。元の場所からはずいぶん離れてしまったようだ。突然視界に無数の貝殻を纏った《砂の人魚》が現れた。海岸に打ち寄せられたかのように横たわる人魚像。砂の彫刻の作者は東欧から来た10歳の少年だという。衝撃的だった。英語は話せないというが「とってもすてきね!」と伝えると「ありがとう」とにっこり微笑み、持っていた貝殻をわたしの手のひらにそっとのせてくれた。
【砂漠の太陽】
アスファルトの一本道を4WDは行く。目指すは砂漠のど真ん中のオアシスホテル《太陽の扉》。砦のごとき建物の、扉の向こうには砂の世界が無限のように広がっている。かつて見たこともない光景だ。乾いた空気に漂うアラブ料理のスパイシーな香り。太陽はぎらぎらと輝いている。早速砂漠を彷徨ってみよう。砂が入って歩き辛い、思うようには進めない。それならばいっそ裸足で… ビーチの砂よりも粒子が細かくさらさらとした質感だ。砂紋が美しい。規則的な波状の起伏は風のなせる自然のアート。太陽が背後からわたしを照らし、細長い面白い影を作って見せてくれる。砂漠の砂と漣痕も作品用に持ち帰ろう。太陽が沈む頃、ホテルのアクティビティ「キャメルライド」のラクダが帰っていく。砂漠で見る夕日はその後に繰り広げられる幻想的な《アラビアンナイト》のプロローグ。太陽に代わって月と星が舞台に登場だ。