対談をするひとのご紹介
石田 博(いしだ・ひろし)
1969年東京生まれ。(社)⽇本ソムリエ協会副会⻑。甲子園を目指す高校球児だったけれど、体調を崩して野球をあきらめ、90年にホテルニューオータニに入社。94年よりレストラン ラ・トゥール・ダルジャン配属され、ソムリエとしてのキャリアをスタート。00年世界最優秀ソムリエコンクール第3位。11年「現代の名工」に選出される。
ミレジメの魅力は何か?
柳 日本でシャンパーニュっていうと、ノン・ヴィンテージ(NV)か、またはプレステージ。この二極化が進み過ぎて、NVの次は一気にプレステージへ飛んでしまうでしょう。その間に、ヴィンテージ入りのシャンパーニュが位置しているのに。
柳 でもイギリスでは、ヴィンテージものが普通に売れてる。日本の二極化が顕著でいびつなんです。昔は、ヴィンテージこそがプレステージだったじゃないですか。ドン・ペリニヨンが登場して、プレステージというジャンルが出てきたわけで。
石田 ボランジェを例に挙げると、きっとヴィンテージの存在が分かりやすいですね。ボランジェは「グランダネ」という名前をつけて、きちんとヴィンテージに特化している。その上に「RD」「ヴィエイユ・ヴィ-ニュ フランセーズ」も確かにあるけれど。
石田 日本の市場では当初、シャンパーニュの代名詞がドン・ペリニヨン。市場が成熟して見識が広がると、「クリスタルもいいよねぇ」と様々なプレステージへ派生。その次にレコルタン・マニピュラン(RM)が出てきて、今度は「RMのプレステージもいいよねぇ」とジャーナリストが高得点つけたりして盛り上がりました。でも、一般の人が買うのはやっぱりNV、という流れでしょう。
石田 予算に余裕があって「ひとり5万円でワインと食事を組んで」と言われるような特別な場合は、ヴィンテージの出番。ここでプレステージを入れると高額すぎるけど、ヴィンテージで特別感がきちんと出せる。そして、飲むと旨みや複雑味もある。ただ、8割がたのお客様は、レストランで食事をすると「やっぱりワインを飲みたい」となるんです。だから基本はグラス提供。
石田 価格の面をクリアできれば、コースの中盤に出すのがよさそう。冬になると、うちのシェフもクラシックな料理を増やしてくるので、「白のブルゴーニュは定番過ぎるし、ニューワールドだと料理に追いつけない」と悩むときがあります。そこで、ヴィンテージ。リー・ド・ヴォーのムニエルとか、白トリュフを使った料理とか。
石田 黒トリュフはソースで煮て強い味の料理になるけど、白トリュフは擦るだけなので、素材感があまりない。そう考えると、バローロよりヴィンテージ・シャンパーニュです。よし、うちの店でも使ってみよう! でも、もともと生産数が少ないからか、輸入元さんからあんまり提案がこないのが悩み。
「メイラード反応」「自己消化」「還元的」
石田 だから生産数が少ないんですね。メゾンの人も売りづらくて困ってるなら、今後「ヴィンテージの在り方を変えていこう」となるかな?
柳 それが、ない。昔から、「ヴィンテージはその年の出来を表現し、プレステージはメゾンの哲学を表現する」との姿勢は変わらない。でも、ヴィンテージでもメゾンのスタイルの違いは出ます。だから、いちど検証してみたかったんです。
石田 それなら、「メイラード反応」「自己消化」「還元的熟成」、この3つを探っていくのがポイントです。生産者によっては、木樽醸造を行っているかどうかにも着目したい。
柳 「メイラード反応」は、糖とアミノ酸が化学反応を起こして色や香りが変わること。「自己消化」は、酵母の自己分解。「還元的熟成」は、瓶のなかの酸素がすべて消費された後に進行する熟成。年を経てそれらが複合的に行われ、香りや味が複雑になるんですね。
石田 そこまで見ていくのは、シャンパーニュをすごーく飲んでいる人か、プロの人だけ(笑)。でも、それらを分析していくと、自分にとっては腑に落ちて分かりやすいんです。
柳 メイラード反応によるモカのフレーバーとか、基本的にNVでは得られない喜びですよね。
石田 モカやキャラメル、トーストの感じが強くなる。
柳 「メイラード反応は熱が加わらないと起こらないから、熟成シャンパーニュの場合はただの酸化だ」とする生産者もいるようです。
石田 酸化とは乱暴な表現。
柳 でも、もしただの酸化なら、じゃあ何でワインのような酸化臭はしないのか? 説明つかないんですよ。このあたりは、まだまだ諸説ありますね。さて、若い年から順々に試飲していきましょう。
2012年は、これから楽しみ
石田 2012年は正直、今の段階では商品として厳しい。
柳 ブリュットNVでも3年以上寝かせているから、12年産だとまだまだ差別化しづらいでしょうね。ニコラ・マイヤールは、名前がマイヤールなのにマイヤール(「メイラード」のフランス語)反応してないし(笑)。
石田 還元的ですね。
柳 今年の3月にデゴルジュマンしているので、もうちょっと寝かしたほうがいいかも。
石田 それで、いい結果が出ます?
柳 ブージー産のピノ・ノワールが入っていたりすると、ふくよかな感じになりますよ。
石田 グラスに注いで時間が経つと、また変化します。ボトルごと置いておいたり、グラスに注いでおいたり、そうすることで変化するのもワインらしさですよね。ヴィンテージの楽しみは、熟成の変化。ボトルになってから発展していくという経験値を踏むために、12年は適しているのかも。
2009年は、ただ暑かっただけではない
柳 09年はただ暑かっただけではないので、味わいに深みが出ています。ルイ・ロデレールは、スマホ用のアプリがあるんですよ。それでボトルのマークを読み取ると、デゴルジュマンの日とかがすぐ分かる。
石田 いいですねぇ。
柳 このボトルで調べたら、ドサージュが9g:lで、デゴルジュマンが16年。6年熟成です。
石田 もはやプレステージですよね。次にテタンジェへ移ると、より透明感が出ている感じ。同じヴィンテージでも、やはりスタイルが違うことが分かります。
柳 ニコラ・フィアットはデゴルジュマンが早くて、その後の熟成期間を長くとっている。そうするとメイラード反応が起きやすいんです。
石田 そういう意味では、どのヴィンテージもいつデゴルジュマンを行ったか情報が欲しいですね。購入する判断になります。ラベルに書いておくと、消費者の誤解を招きやすいのは分かるけれども。
柳 せめて、売る人には分かっていてほしい。
2008年は、酸のレベルが高い
柳 太陽の09年、酸の高い08年。この2年は好対照です。ドン・ペリニヨンも、09年を先にリリースして、08年が後。08年のヴィンテージ、色合いもグリーンがかっていませんか?
石田 09年はどれもゴールドでしたからね。08年は全体的に香りが何段階か若い。酸のレベルも高くてピシピシ来ます。
柳 ルイ・ロデレールの醸造責任者、ジャン・バティスト・レカイヨンさんが言っていたのですが、シャンパーニュの熟成に必要なのは酸よりもブドウの熟度。「熟度に酸が加わって、初めて長期熟成に耐えうるだけのポテンシャルが得られる」と。だから1996年は高く評価してないんですって。96年はとても酸が高くて、皆が長熟向きだと言っていたけど、実際は保たなかった。収穫をあと2週間遅らせればよかったらしく、彼にとって「2012ヴィンテージこそ成功した96年」なんだそうです。
石田 では、08年の行く末は微妙? 96年が持っていたような、ドライでどこか硬さのあるまま終わる?
柳 レカイヨンさんは、そうは言ってなかった。モエ・エ・シャンドンの醸造責任者、ブノワ・ゴエズさんは「06年のほうがポテンシャルはある」という言い方をしていたけれど。
石田 でも、08年のモエ・エ・シャンドンは素晴らしいですよ。奥行きと調和があって。今リリースされている08年は、今後市場からなくなっていくのかもしれないけど、やはり熟成には期待してしまいます。
柳 もう少し置いてみると、さらにメイラード反応が起きて、さらに第三のアロマが膨らんでいく気がします。変化の様子、追ってみたいですよね。
石田 今回試飲したなかで、プレステージより複雑さをぐっと顕著に出してくるスタイルは’08年が一番強かったかなと思いました。
2007年は、ふくよかでチャーミング
柳 07年になってくると、香りのトーンはけして大きくないんだけれども、シャンピニヨンなどは出てきたりして、熟成の深度が早い。
石田 09年は「よく出来てるね」という優等生感がある。08年は飲み手に挑んでくる感じ。07年になると、圧倒しない良さを感じます。ちょっとふくよかで、チャーミングな熟女。女優でいえば松下由樹さんあたり。
柳 熟女好きにはいいのかも。
2006年は、太陽の年
2005年は、シャルドネがいい
石田 ‘05年はポテンシャルが高いヴィンテージですよね。
柳 シャルドネはむちゃくちゃいいんですが、ピノ・ノワールに強いブージーやアンボネは、ベト病でけっこうやられたので、本当は難しい年。
石田 とはいえ、シャルドネだけの「クロ・ランソン」などをリリースしているランソンも、シャルドネ比率が49%どまりですよ。
柳 北のエリアはよかったんでしょう。05ヴィンテージを出しているメゾンは、あまりモンターニュ・ド・ランスなど南エリアのブドウは使っていないはず。シャルル・エドシックのほうは、15年にデゴルジュマン。瓶内熟成が9年間で、うまみの凝縮感が半端ない。ランソン、シャルル・エドシック、どちらも素晴らしい状態です。
石田 ヴィンテージ・シャンパーニュならではの熟成の変化を今、きちんと楽しめるのが05年。このあたりから、「こんな複雑な飲み物はないよな」という幸福感に包まれます。
2004年は、売られていることにビックリ!
柳 最後に、アルフレッド・グラシアン。今、’04年が売られていることにビックリです。口に含んだら、木樽のニュアンスがはっきり。
石田 大きいロットのブレンドでは見られない、中堅メゾンならではの個性でしょう。
柳 大手メゾンのシャンパーニュには大手らしい安定感があり、それも魅力なんですけどね。しかし、どのヴィンテージでも高くて1万円台で買えるとは。
石田 プレステージの半額。
柳 逆に、プレステージの値上がりが激しいんです。90年代の半ばに上代1万円だったものが、今は2万円台だったりする。
石田 なにより、ほかの産地のワインではなかなか見られない、ワインらしさがあります。ワインらしさがあるということは、料理とのマッチングもちゃんと考えないといけないということ。なんとなくコース料理のスタート時に飲むだけではいけません。