ワインのためならどこへでも
ワインが好きな人間はワインのためならどんな苦労をも厭わない。
その強者は栃木県の県庁所在地、宇都宮市から南青山まで通っていた。彼女は寿司屋の女将である。現在、世界の食のトレンドは、素材を重視した軽やかな料理と言われている。2013年には和食がユネスコの無形文化遺産に登録され、一気に和食への注目度が高まった。「寿司シャン」という言葉があるくらい、今では和食にワインを合わせるのは当たり前のことになっている。そう考えると、寿司屋の女将がWSETの資格取得を目指すことは、ごく自然な成り行きだ。彼女は、お客さんに料理とワインとのペアリングを提案することで、寿司や和食の楽しみ方のバリエーションを広げ、より多くの人にその素晴らしさを感じてもらいたいと考えている。そんな女将を訪ねてみた。
宇都宮よいとこ一度はおいで
宇都宮と聞くと、やはり一番に思いつくのは「餃子」だ。現にJR宇都宮駅前には、餃子の店が所狭しとひしめいているし、総務省の家計調査によると宇都宮市の餃子の年間消費量は日本一とのことなので、「宇都宮=餃子」といったイメージ戦略は奏功しているといっていいだろう。
しかしながら、私にとって宇都宮は餃子の街というだけではない。ここにはプロのバスケットボールチームがあるのだ。日本人初のNBAプレーヤーとして活躍した、あの田臥勇太選手の所属する「リンク栃木ブレックス」だ。
プロバスケットボールリーグ、「Bリーグ」が華々しくスタートして今年で3シーズン目。見上げるような体躯の屈強な男たちがひとつのボールを追ってぶつかり合う様は、さながら格闘技だ! 味方と敵の位置を瞬時に見極め、空気を切り裂く、まるで居合抜きのようなパスが繰り出され、それが豪快なダンクシュートにつながる。パスをどこへ出すのかを一瞬で判断する能力、相手のディフェンスをものともしないボディバランスにジャンプ力、緻密な戦略に基づいた駆け引きや時間との戦いなどなど、さまざまな要素が絡み合うバスケットボールは、奥が深くて、すごく面白いスポーツなのだ。そして栃木ブレックスは、そんなエキサイティングなBリーグの、輝ける初代のチャンピオンチームだ。
今回、いいタイミングで「天皇杯・皇后杯全日本バスケットボール選手権大会」の2次ラウンドが宇都宮市のブレックスアリーナで開催されていたので、「せっかく宇都宮へ行くのだからバスケも見ちゃおう!」ということで、試合を観戦してからお店に行くことにした。都合のいいことに、アリーナからお店までは歩いて行ける距離。試合はハラハラする一進一退の展開だったが、無事に栃木ブレックスが勝ち、いい気分で歩けた。私の好きなものが近くに揃っている宇都宮は、実にいい街なのである。
むむ!実は大将も強者!?
木の温もりを感じさせる洒落た入口をくぐると、威勢のいい掛け声で大将が出迎えてくれた。女将のご主人、佐藤直実さんだ。一見強面だが(スミマセン)、時折見せる笑顔が優しい。大将はあるきっかけから、毎月、定休日を利用して銀座にある江戸前寿司の名店に通っている。それはさらに自分を磨くためであり、そして「寿司とワインのペアリング」を学ぶためだ。そんな大将の貪欲な姿勢を受けて女将も“一念発起!”、WSETの資格取得を目指すこととなったのだ。なるほど、これで合点がいった。実は大将もかなりの強者だったのだ。
お店で扱うネタは、地元市場、豊洲、そして産地直送で買い付けした、厳選された魚介類。地元の市場では、大将が目利きして買い付ける。素晴らしいネタもさることながら、特にこだわっているのは「しゃり」だ。米は栃木県産、合わせるのは赤酢である。赤酢には旨味成分のアミノ酸が豊富に含まれているので、寿司全体にまろやかさを出すのだという。大将が数種類の赤酢をブレンドして、絶妙なバランスのしゃりに仕上げる。ううむ、まるでシャンパーニュメゾンのセラーマスターのようだ(笑)
今回はイタリアのシチリアで造っている「プラネタ シャルドネ2016」を持ち込ませてもらった。
輝きのある、濃く深く美しい黄金色が実に見事だ。目を閉じると、爽やかな風が吹き渡る、金色の野原に立っているようだ。黄昏がワイングラスの中にある。これがブラインドテイスティングだったら、ヴィンテージを当てるのは難しいだろう。黄桃、干し草やハチミツのニュアンス。樽由来の、濃厚で包み込むようなヴァニラの香りとほろ苦さ。酸味は思ったほど高くなく、アルコール度は14%。口に含むとトロみを感じるような、むっちりとした非常にふくよかなワインだ。シチリア島はエトナ山を擁する火山の島で、魚介類も豊富に獲れることから、日本列島と成り立ちが似ている。日本の寿司にも相性はいいに違いない。
嬉しい不意打ち
ああ、それなのに・・・。いきなり白子のリゾットなのだ(笑)
女将の純子さんイチオシ料理で、今が旬のタラの白子がたっぷり入っている。お寿司屋さんでリゾットを勧められるとは!ちょっとどころか、かなりビックリ! いきなり出鼻をくじかれた。嬉しい不意打ちである。しかもこのリゾット、例の赤酢のしゃりを使っているのだ。
リゾットは、ご飯と白子を“あっつあつ”のお皿の中でよく混ぜ合わせて、ふーふー言いながらパクリ。クリーミーな白子と赤酢のしゃりが舌の上で絡まってはほぐれて、実にいい感じ。そこへ間髪入れずにワインをゴクリとやると、料理の味わいをさらにふくらませつつ、最後はスッキリと喉を流れていく。
これは美味い! 酢飯を使ったリゾットって初めてだ。感じるか感じない程度の、ほのかな酸味とワインの酸味が相乗効果をもたらすのだろうか。しゃりはまろやかだ。酢飯を使って和風にアレンジされているものの、元々はイタリア料理。期せずしてイタリア同士のペアリングになったのも、何かの引き寄せか。
リゾットのあとは海老しんじょのサンド揚げ。サクッとした食感の衣と“ふわっふわ”の海老しんじょが絶妙なバランス。贅沢な箸休めは赤身の漬けの握り。これがまた何とも言えない美味さでワインに合う! 握りの豊かな旨味をワインがしっかり受け止めている。赤身の魚も合うなぁ!そして最後は大将のお任せで、本日オススメの“渾身の握り”で締める。ほくほくしたアナゴの身と絶妙なタレとのマッチングに恍惚となる。他にもお造りや白子の昆布焼き、ふぐの唐揚げも堪能。はぁ、お腹いっぱい!
笑顔の女将は努力の人
終始、笑顔の女将は他のお客さんにもしっかり目配り、気配り。要人警護にあたるSPのように我々の後ろに待機していてくれる(笑)。そんな心遣いがありがたい。
女将はスクールでも非常に勉強熱心で、授業が終わったあと電車の時間を気にしながら、粘り強く先生に質問していた姿が印象的だった。
お店を切り盛りしながらWSETを勉強するのは、さぞかし辛かったことだろう。昼間授業に出たあと宇都宮へとんぼ返りし、閉店後一息つく間もなく教科書を開く。半分寝落ちしながら頑張っていたであろうことは容易に察しがつく。頭が下がる。
それは何より「ワインが好きだ!」という熱い想いが、彼女をつき動かす原動力になっているに違いない。
やはりワインが紡ぐご縁は素晴らしい。私がたまたま選んだスクールで、これもたまたま同じクラスにならなかったら、こうして宇都宮へ寿司を食べに来ることもなく、素敵なご夫婦とご縁ができることもなかったと思うと実に不思議で面白い。こうしたご縁は私の人生において、かけがえのない財産だ。ワインを通じた多くの人との出会いに心から感謝している。
ご縁があるところ神社あり
実は、年明けはかつてのクラスメイトとの恒例の新年会を女将の店でやることになっている。ワインの好きな人間はみんな元気なのである。美味い寿司とワインのためならどこへでもやってくる。グラス片手にワイワイ、あーでもない! こーでもない! ワインは仲間と飲むとさらに美味しさが増す。それに伴い自然と飲む量も増す(笑)。それがまた面白い!
宇都宮には約1600年前に起源を発する「宇都宮二荒山神社」が、駅からほど近いところに鎮座している。代々、宇都宮城主が社務職を務め「宇都宮大明神」、「下野國一之宮」と呼ばれていたそうだ。一説によると「一之宮(いちのみや)」が「宇都宮(うつのみや)」の由来ではないかと言われている。他にも宇都宮城址公園や大谷石の採掘場跡など、見どころも多い。都内からなら新幹線を使えば1時間程度だ。ぜひ、訪れてみてはいかがだろう。
なんだか最近、クラスメイトの“職場訪問”の様相を呈してきた。果たして、次の巡礼先はどこに・・・。
<今回訪問したお店>
「鮨遊膳みのり」
~大将の感性と創造力が存分に散りばめられた、繊細で洗練された料理と女将が厳選したワインのペアリングコースがオススメ!~
アクセス JR宇都宮駅東口から徒歩15分
オフィシャルホームページ
https://sushiyuzenminori.gorp.jp/