これまでのお話は↓
【第1回】脅威のウイルス レッドブロッチ〜「赤」はぶどうに良くないサインです〜
【第2回】ミッション:レッドブロッチ・ウィルスを調査せよ〜知識も経験もゼロのウイルス調査員誕生〜
敵はウイルスだけじゃない。襲いかかる暑さと孤独
まず始めたのは「畑の地図を作ること」でした。ネットで調査について調べたところ、多くの大学の研究グループや大きなぶどう栽培者が、畑のマッピングをして全体の状況を把握しているようだったので、わたしもさっそく真似することにしたのです。
NDVIといって、空中から特殊なカメラで撮影すると、ばっちりマッピングできる技術があるらしいのですが、そんなものをわたしが使えるわけもなく…。ひたすら畑を歩き回り、一本一本ぶどうの木を数え、テープでナンバリングし、メモ。そしてExcelに入力という作業を繰り返しました。
単純ですが、とにかく地味、地道。襲いかかるカリフォルニアの刺すような日差し、そして孤独…。たった1ブロック、しかも1エーカーちょっとしかないにもかかわらず、ぶどうの木は約2000本。一人で作業をするとかなり時間がかかり、何度も途中で辞めたくなりましたね。
後半は、自分との会話(独り言)を楽しむことで、なんとか頑張っていたような…。
畑の地図ができあがったら、次はどれくらいウイルスに感染しているかを調べます。春~秋は葉っぱを、冬は木の枝のサンプルを採取します。ぶどうの果実や根でも検査はできるのですが、収入源である果実や、採取が難しい根をわざわざ使って検査する栽培者はいないのではないでしょうか。
本当は全ての木を検査したかったのですが、検査費用もなかなか高額なので、ブロック9の2列のみに対してウイルス検査を行うことに。
現在、ウイルス検査は専門のラボで行われるのが一般的。できるだけ早く結果が欲しかったので、サンプル採取したその足で、車で1時間かかるラボまで大切に届けに行きました。今後は畑で即座にチェックできる検査キットのようなものが普及するだろうとのことです。
数日後、検査結果が送られてきました。結果を地図に落とし込んだところ、思ったより多くの木が感染していることが判明。しかし、感染に対してなす術は、まだありません…。
ホッパー、ゲットだぜ!
葉っぱのサンプル採取と同時並行で、虫の採取もしていました。調査員に任命されて少し経った頃、ベクター(媒介生物)がThree-cornered Alfalfa Tree Hopperというバッタであることが判明しましたが、オーナーのJohnは簡単に納得しません。
「そんなホッパーは畑で見たことがない!」
と一蹴。ヴィンヤードマネージャーも見た記憶がないとのこと。なのでブロック9にそのバッタが本当にいないのかどうかを調べることになったのです。
調査方法は、粘着質のシート(要はハエ取り紙)を畑に数カ所設置、と至ってシンプル。その後、仕掛けた黄色いトラップにくっついている虫を一匹ずつ毎週チェック! これが去年のわたしの夏の思い出。当時世間では『ポケモンGO』が大流行。人々がポケモンをゲットしている間、わたしはツリーホッパーをゲットしていたのです。
レッドブロッチは本当に糖度の上昇を妨げるのか
ひとまず、初年度はウイルスにかかっている木と健康な木の糖度の差を調べました。糖度が上がりにくいことはすでに複数の大学の研究チームだけでなく、現場レベルでも確認されていたのですが、Johnは
「みんなが言うからといって、本当かどうかわからない! うちの畑では違うかもしれないからひとまず試すんだ!」
という方針です。
グラフを見ていただければ一目瞭然。やはり感染しているぶどうは明らかに糖度が低いですね。
これは想定内でしたが、驚いたこともありました。ウイルスに感染しているからといって、すべての木にレッドブロッチの証である赤い斑点が現れるわけではないとわかったのです。
逆に、検査でレッドブロッチに感染していない木でも、赤い斑点がある木もありました。
その後、いろいろな方に話を聞いたり、インターネットで調べたりしたところ、レッドブロッチの症状は、木に水不足や栄養不足といったストレスがかかっているとより現れやすい傾向があるようだとわかりました。また、リンが不足している際に見られる症状や、他のウイルスの症状とも似ているため、見た目だけでは判断できないようです。
思いつく限りのことはやったのですが、結局、去年の調査では目新しい情報を得ることができませんでした…。
Johnは「知識も経験も無かったのに頑張った」と言ってくれましたが、大きな進展がなかったのはやはり残念な様子。
「何か新しい事実を見つけたい」「次はどんなふうに調査を進めたらいいだろう…」去年の冬、わたしは途方にくれていました。
すると「現状では木を抜くしかないレッドブロッチに、敢えて立ち向かっているワイナリーがある」という噂を聞きつけ「協力したい」という連絡が!
その助っ人会社と、今年は違った角度から、一歩踏み込んだリサーチができることに。おもしろい発見ができたらいいなあと期待を抱き、わたしは今年も一人で畑で奮闘しています。
おきまりの冗談は、
John「Saoriは世界一のレッドブロッチ・リサーチャーだ!」
Saori「もちろん!!…ブロック9に関してはね!」
という掛け合い。
けらけら笑った後、Johnは必ず「Could be…(本当にそうなるかもよ…)」と言ってくれます。絶対にあきらめず、応援してくれるJohnの期待に応えられるよう、最後まで責任をもって頑張ろうと思います。「Johnの思い出の木を救いたい。もしかしたらたくさんのナパのぶどうを救えるかもしれない」と思いながら。
長くなりましたが、これでウイルス調査員のお話はひとまずおしまいです。来年、いい報告ができるかも…ご期待ください!