「日本ワイン」がブームではなく根付いてきている。原産地の外から見れば、ブームではなく”根付かせること”に意識が行く。しかし、一度原産地を訪れてみると、ぶどう畑が風になびき、そこで汗を流して生活している者がいる。当たり前のことだが、ワイン原産地では生活の一部であり農業であり経営である。
日本でワインの規則が慌ただしくなってきた。「酒」としての大きなカテゴリーではなく原産地を守ろうとする動きは、ヨーロッパのような歴史あるワイン大国でも最初は同じような動きだったのだろう。土地に育つ植物の環境は、人間が手を加えようと最終的には自然が作り出すものだ。原産地ごとに仕上がりの個性が付くのなら、それを皆で守ろうとする想いに自然と流れていく。
東京から長野県・塩尻に向かっていく中で、緑が増え流れる空気が変わっていく。標高の高さが土地の質を作り、ぶどうを実らせる。そしてそこには、必ず生産者がいる。ぶどうの収穫地と醸造地が同じである「塩尻」という名を大きく描かれたワインは、サントリー塩尻ワイナリーシリーズとなり9月にニューリリースされる。
過去に数々の賞を受賞している「岩垂原メルロ」のぶどう生産者と、塩尻ワイナリー所長を囲んでワインペアリングの機会に恵まれた。契約農家との関係性を重視しているサントリーの皆さまと、生産者との親しい間柄は見ているだけで顔がほころぶ。
さて、今回ワインペアリングをご用意いただいたレストランは、塩尻から移動した松本にあるナチュラルフレンチの「ヒカリヤ ニシ」。ルレ・エ・シャトーを掲げる、日本に限らず世界から注目されているレストランだ。
塩尻ワイナリーシリーズには白ワインが無い為、最初にご用意下さったのはJAPAN PREMIUM 信州産シャルドネ2016だ。ラベルに「日本ワイン」の記載があり、信州「産」となっていることも日本ワインがさらに加速し動き始めると想像を掻き立てられる。合わせる「緑の野菜」は食感の良いスナップエンドウに、イカ、ウイキョウ、ボッタルガの組み合わせ。透明な白いトマトのソースに、りんごが香るムースが添えられている。すっきりとしたシャルドネにシャキシャキの食感が絶妙だ。
塩尻メルロ ロゼは個人的に大好きなワインであるが、やはり塩尻で飲むのと自宅で飲むのでは訳が違う。爽やかかつ甘味のあるベリー系の香りが食事を邪魔することなく寄り添ってくれる。玉葱の甘味に塩分代わりの生ハムが添えられている。身体に染み込むように滑り込んでいく。その後に続くウイスキーのミズナラ樽で造られた塩尻マスカット・ベーリーA ミズナラ樽熟成に鰹を合わせる。鰹の周りには薄くベーコンが巻かれ、ミズナラならではの香ばしさを一皿で表現しているかのようだ。ヒヤリヤ ニシのシェフは、ワインを料理に少量でも使うことでペアリングを良くしていると言う。
岩垂原メルロを、ぶどう生産者とワイン醸造家と交わす。最近はワインを飲むようになったと話すぶどう生産者。「自分が作ったぶどうで造られたワインが世界で評価されるという事は何よりも誇りだ」と、謙虚ながら自信に溢れた笑顔で杯が進んでいる。ぶどう農家にとって、ワインとはどんな存在なのだろうか。チョコレートを食べた事のないカカオ生産者のテレビ番組をふと思い出しながらも、隣には醸造家がいるのだ。同じ産地で収穫し、醸造し、それをこの場で味わっている。これは当たり前のことではなく、本当に凄いことなのだと芳醇で香ばしいメルロを頂きながら、笑いあうお二人を眺めてしまった。
産地に出向くと、ワイン1杯の概念が変わる。日本のワインがさらに革新していくのだろうと感じるのは、法律や規制だけの話ではない。産地の風を肌で感じ、そこで味わうことで、産地の付加価値を守り、根付くことを目標とした生産者や醸造家達の想いが実を結び始めたことにあるのかもしれない。今後さらに日本ワインが面白くなりそうだ。