アセトアルデヒドが消えても
ーー 吉川先生は日本における酸化ストレス研究の第一人者でいらっしゃいますが、ワインの研究もされていたとうかがいました。
吉川 フランスで、脂肪を多く食べているのに赤ワインをたくさん飲んでいる方は心筋梗塞などの心臓病が少ないという、いわゆるフレンチパラドックスの報告があってからすぐにワインと健康の研究を始めました。私は濃い赤ワインが大好きです。味も好きなのですが、赤ワインには酸化ストレスを下げる効果があるポリフェノールなどがたくさん入っているので身体にいいですよ。一般に少量のアルコールを飲むとリラックスできて酸化ストレスを下げる効果があります。しかし、大量のアルコールを摂取しますと、代謝産物のアセトアルデヒドが肝臓のミトコンドリアにダメージを与え、反対に体が錆びてしまうので適量が大事です。
犬房 私もワインは大好きです。アルコールを健康的に飲む代謝の研究を2002年から始めましたが、酸化ストレスの研究は3年前に開始したばかりです。ですから吉川先生の書かれた沢山の学術書や論文などを必死に読んで勉強しているところです。吉川先生が一般向けに書かれた『不老革命! 老化の元凶「フリーラジカル」と戦う法』(朝日新聞出版)は名著ですよ。
吉川 『不老革命!』にも書きましたが、成人病や癌、アルツハイマー病などの神経変性疾患などをはじめとして150種類以上の病気に酸化ストレスが関わっていることが明らかになっています。また、炎症があるところには酸化ストレスの元になる活性酸素種が必ずありますから、炎症を起こす病気すべてに酸化ストレスが関係しているといってよいでしょう。
ーー 150種類以上の病気に関わっているとは驚きです。
吉川 酸化ストレスを下げると症状が改善する疾患は沢山あります。コレステロールや中性脂肪が上昇する脂質異常症の薬であるプロブコールは代表的な抗酸化剤です。心臓の薬のコエンザイムQ10も強力な抗酸化作用を持っていて心筋細胞を護っています。また、潰瘍性大腸炎と言う難病の薬は、大腸粘膜の酸化ストレスを抑えて効果が出るんですね。ほかに酸化ストレスをターゲットにしたエダラボンという注射薬は、脳梗塞やALSで使われています。酸化ストレスはさまざまな病気に関わりますから広く抗酸化治療を行うには、酸化ストレスを下げる、副作用が少ない飲み薬の開発が望ましいです。
ーー 薬以外で、酸化ストレスを下げる方法はありませんか?
吉川 『15歳若返る錆びないカラダのつくりかた』(集英社)に詳しく書きましたが、食べ物と生活習慣の改善で可能です。簡単にいいますと、抗酸化作用のある食べ物を積極的に摂る、タバコ・紫外線・排気ガスなど酸化ストレスの原因になるものを避け、適度の運動を心がける、過食や肥満を避けるなど、すべてが重要です。もちろん赤ワインを飲んだり、抗酸化作用のあるサプリメントを摂ることも錆びない体を作るには有効です。
ーー ワインを飲むだけでは酸化ストレスは減らないのですね。生活習慣を変えないと……。
犬房 アルコールの代謝産物であるアセトアルデヒドは発癌性がある毒物であることはよく知られています。しかし、アルコールが酸化ストレスにどのような影響を与えるのかはよく分かっていなかったんですね。図1を見てください。マウスに大量のアルコールを与えても、24時間後にはアセトアルデヒドは血液中からほとんど消えています。しかし酸化ストレスは24時間以降から上昇が見られ、5日経過してもかなり高い値である事が分かります。
図2はマウスの急性アルコール中毒モデルの生存率です。未処置のマウスは12時間以内に死んでしまいます。点滴と同じような効果が期待できる糖分の入った溶液の注入では、未処置群よりも生存期間の延長が見られましたが、やはり48時間以内にすべて死にます。アルコールの投与から24時間以上経過しても死ぬのは、アセトアルデヒドの直接作用ではなく酸化ストレスが肝臓などの臓器障害を起こしているからと考えられます。
ーー つまり、身体の中からアセトアルデヒドが代謝されてなくなっていても、酸化ストレスが長時間残っているため、臓器障害を起こす可能性もあるのですね。
犬房 そうなります。しかし、同じ条件で私が開発したアミノ酸とビタミン類の配合剤であるスパリブを4回投与すると48時間後でもすべてのマウスが生存しています。スパリブはアルコールを与えた後の血液中のアルコールとアセトアルデヒドを低下させ、さらに酸化ストレスも低下させることがマウスの実験で明らかになりました。アルコールだけではなく、身体の中でサビをおこす過酸化水素による酸化ストレスを直接的に打ち消す効果もあるので、一定の抗酸化効果があるといえますね。
吉川 スパリブは抗酸化効果もあるので、アルコール以外の原因で酸化ストレスが高い状態にも効果があるかもしれません。
犬房 その点に関しては研究室の成果を今後報告する予定です。ところで、ワインの抗酸化作用に関して大事なことがあります。酸化防止剤のひとつである二硫化硫黄を一切添加しないワインがありますよね?
ーー はい。
犬房 実は二硫化硫黄が添加されていないと赤ワインに含まれるポリフェノールは、通常のワインの1/6程度に減ってしまうんですね(「ワインの抗酸化能に与える亜硫酸ナトリウムの影響」 杉田 収 新潟県立看護大学学長特別研究費平成16年度研究報告書p36ー41)。
吉川 抗酸化効果が強くて健康によいポリフェノールが、そんなに少なくなってしまうのではもったいないですね。この対談を読まれた方はポリフェノールがたくさん入っている健康によいワインをできるだけ選んで飲んで、錆びないカラダをつくるのに役立ててください。
ーー 本日は本当にありがとうございました。