亜硫酸塩は人間の叡智
WW(WINE-WHAT!?) 今回は、犬房春彦先生の問題提起について、東京大学名誉教授の局博一(つぼね・ひろかず)先生、元日本ソムリエ協会会長の熱田貴さんと検討したいと思います。局先生はカビ毒と酸化ストレス研究が専門で、東大農学部教授、東大食の安全研究センター長、政府の食品安全委員会専門調査会の委員などを歴任した、日本の食の安全性の専門家です。局先生が食の安全についての研究を始められたのはどのようなきっかけですか?
局 直接のきっかけはいわゆる狂牛病(BSE)問題が起こってからです。BSE問題で国民の食の安全に対する関心が非常に高まり、国においては内閣府に食品安全委員会が設立され、農薬や食品添加物の安全性評価、食中毒原因菌やカビ毒などの汚染による食品の安全性評価などが組織的になされるようになりました。また、大学においても食の安全の問題を科学的に研究する組織が必要といった認識が高まり、11年前に東大農学部に食の安全研究センターが出来まして、私は最初のセンター長をつとめました。
WW 狂牛病は終息宣言が出されましたが、カビが問題になるのですか?
局 はい。大部分の穀類や果実類にはカビが発生しやすいという現実があります。カビは収穫量を大幅に低下させるだけでなく、カビが産生する毒素(カビ毒)が一定レベルを上回る濃度で残留した場合、人や家畜に健康被害が生じる可能性があります。カビの発生を抑えるために、安全であることが評価されている農薬を適正に使用することは有意義なことだと思われます。カビがついた食品を食べると体をサビさせる酸化ストレスが上がるので、いろいろな病気の原因になるのです。食品を検査して、健康上問題となるカビ毒が基準以上に含まれている場合は市場に流通しないような措置がとられています。無農薬、無添加だから安全ということはないのです。
熱田 無農薬や無添加というと、体によいようなイメージで販売されていますが、実際には必ずしもよくないのですね。
犬房 昔話になりますが、1975年当時は、たとえばインスタントラーメンなどの食品でも賞味期限が記載されていなかった。その時代から考えると食の安全対策はずいぶん進んできたわけですね。
局 現在は食に関する危険な物は非常に厳密にコントロールされており、幸い国内ではいろいろな基準をクリアしたものしか流通していません。
WW 本日は犬房先生が大変興味深い試飲ワインを用意されています。きっかけは日本ソムリエ協会会長の田崎真也さんからの宿題ですね?
犬房 はい、今から4年ほど前に田崎さんから防腐剤である亜硫酸塩無添加のワインが健康によいかどうかの医学的データを出してほしいと頼まれて、試験を行いました。田崎さんとの対談は日本ソムリエ協会の機関誌「Sommelier」158号(P54-57)に掲載されていますが、その実験データによれば、亜硫酸塩の無添加ワインではポリフェノールが減っていて、ワインによる抗酸化効果も下がる、という結果が出たのです。
熱田 亜硫酸塩をワインの保存に使う手法は4000年前のエジプト時代にはすでに始まっていたのですね。
局 防腐剤として亜硫酸塩を食品の保存に使うのは人間の英知ですね。何千年も使ってきた素晴らしい物ですよ。