超高級シャンパーニュ「クリスタル」、高評価を連発するスタンダード「ブリュット・プルミエ」で知られ、世界一称賛されるシャンパーニュの造り手、などとも言われるルイ・ロデレールが、シャンパーニュで発泡していないワインを造り、リリースした。これはタダゴトではない!
ルイ・ロデレールがスティルワインを造った理由
シャンパーニュ発 高級ワイン「オマージュ・ア・カミーユ」を試飲
シャンパーニュ人が飲んでいるというアレ
シャンパーニュの造り手に会うと、コトー・シャンプノワという名前を聞くことはよくあるのだけれど、実際、それを飲む機会というのはほとんどない。
シャンパーニュ地方で有名なアイ村では、遅くとも9世紀ごろにはブドウが栽培されていて、ワインで有名だったという。ところが、現在、アイ村の代名詞的存在、ピノ・ノワールという黒ブドウ品種は、16世紀にブルゴーニュから持ってこられたものだそうだ。
じゃあ、それまでは一体、何を造っていたのか? それは、詳しくはわからないけれど、シャンパーニュはもともと、赤ワインを造ろうとしても寒冷地なために、薄いワインになりがちで、売れるワインは、白ワインだったというから、白ワインを多く造っていたとおもわれる。
発泡するワインが生まれたのは偶然、といわれていて、その説によれば、シャンパーニュ地方の白ワインが、寒いシャンパーニュでは発酵が止まっていたけれど、輸送中に温度があがって、もう一度、樽の中で発酵して、スパークリングワインができた。これが1660年くらいのことだそうだ。
その後、シャンパーニュは発泡するワインの代名詞といえる存在となるのだけれど、いまも、流通することはそんなにないとはいえ、シャンパーニュ地方では発泡していない普通のワイン、つまりスティルワインが造られることがある。これをコトー・シャンプノワという。
コトー・シャンプノワを語るときの造り手からは、だいたい、郷土愛が感じられる。それを見ていると、農家が、売るためではなく、自分たちで食べるために、そして、家に招いたお客さんのために、実は、といって、ふるまう、見た目はいびつだけれど、愛情たっぷりな野菜、みたいなことなのかな、とおもう。そして、だから、なかなか筆者のようなよそ者にはふるまってくれない。
ところで、近年の温暖化も多分に関係しているとおもわれるけれど、冷涼で、スパークリングワインの産地とみなされていた、いってしまえば、スティルワインを造るには、薄いとか酸っぱいとかいった弱点があるブドウの産地のスティルワインが、高く評価されるようなことが、世の中的には散見されるようになってきた。
といっても、シャンパーニュはシャンパーニュ。シャンパーニュ地方も広いので、たしかにスティルワインも造れるよ、という場所があるのは事実だけれど、このスパークリングワインの絶対王者の土地で、普段、スパークリングを造っている造り手が、ちゃんとしたスティルワインを造ろうというのは、そもそも挑戦的行為だし、スパークリング用に育てたピノ・ノワールやシャルドネを転用する、という片手間的な造りのワインを、仮にもシャンパーニュ人が、仲間内ならともかく、広くあまねく販売するのは、そのプライドが許すまい。
もちろん、スティルワインの造り手でも、シャンパーニュの機材を導入するようなこともあるから、すべてが転用不可ではないにしても、スティルワインを造るとあらば、畑の環境、土壌、ブドウ樹、そして醸造設備のほとんどを、スティルワイン用に別途用意して、スティルワイン造りの技を磨き込むのが、シャンパーニュ人の心意気なはず。
ゆえに、超高級シャンパーニュ「クリスタル」、高評価を連発するスタンダード「ブリュット・プルミエ」で知られ、世界一称賛されるシャンパーニュの造り手、などとも言われるルイ・ロデレールが、この「コトー・シャンプノワ」をいま造り、リリースするという話は、ただごとではない。
醸造責任者は、あいかわらず、副社長でもあるジャン・バティスト・レカイヨン。スティルワインだからといって、別の醸造家を連れてきたわけではなく、正真正銘のルイ・ロデレールなのだ。本気である。まぁルイ・ロデレールは冗談を言うようなタイプじゃない。
そして、筆者は、このルイ・ロデレールのコトー・シャンプノワ「オマージュ・ア・カミーユ」の、赤と白を、いち早くテイスティングする機会に恵まれた。日本好きのレカイヨンさん、現状では、自分が日本に来ることはできないけれど、オンラインで一緒にテイスティングしましょう、とのことだった。
これはイノベーションだ
大仰な、金魚鉢みたいなグラスに、ほどほどに注がれた赤ワインと白ワインが目の前に現れた。色合いはうっすらとしている。これがオマージュ・ア・カミーユか。
ボトルのラベルを見ると、一本一本シリアルナンバー入り。分母の方をみると、赤が2880本、白が1631本しか造られていない。世界中で愛されるルイ・ロデレールなわけだから、瞬殺、な本数ではないか? 日本にはエノテカが輸入して、価格は税込み41,800円。高い!
しかし、味わってみれば、値段には納得してしまった。品質、希少性、ブランドを考えれば安いのかもしれないとまでおもった。赤も白も、当然、冷涼なシャンパーニュのワインゆえ、エレガントなのが基本。大別すればやはりブルゴーニュ的スタイルだ。とはいえ……
「1961年まで、ルイ・ロデレールではコトー・シャンプノワを造っていました。このワインは、お客さんを招いたときには、好んでコトー・シャンプノワをふるまっていた、カミーユ・オルリー・ロデレール(現オーナー、フレデリック・ルゾーの曾祖母)に捧げる、という意味です。彼女の時代のあと、シャンパーニュ地方は、栽培方法の合理化や農薬の発達もあり、ブドウはよく育ち、結果的にスティルワインとして通用するほどにブドウを熟させる必要はなくなりました。しかし、温暖化、そしてルイ・ロデレールでは20年前から、オーガニック、さらにはビオディナミへと、栽培方法をより自然なものへと変えていますが、そうしてより力強さが出たブドウ樹のおかげで、コトー・シャンプノワにも再び、挑戦できるようになりました。」
レカイヨンさんは、いま、シャンパーニュで単一畑、低ドザージュが増えてきているのも、温暖化と、よりナチュラルな栽培の普及のおかげだという。そして、その延長線上には、現代のシャンパーニュならではのコトー・シャンプノワもあると発想したのだった。だから、これは他のどこかのワインとは違うもので、シャンパーニュの今を表現していなければ、やる意味がない、とまで言う。
具体的には、レカイヨンさんが発泡するワインでも強調することだけれど、シャンパーニュの特徴とは、「香りのよさ、熟していながらエレガントで、ソルティーなフィニッシュ」となる。これを、スティルワインにおいて、表現しようというのだ。
1990年代の土壌調査で粘土質土壌を見つけることから始まり、植樹もそのころから始まっている。より具体的には、赤はマルイユ・シュール・アイのシャルモンという0.43haの畑に2002年に植樹したピノ・ノワール。白はヴォリバールという、メニル・シュール・オジェにある0.55haの畑に1997年に植樹したシャルドネから、今回のオマージュ・ア・カミーユを造った。つまり単一畑・単一品種だ。
栽培方法も、もちろん、スパークリングワイン用のものとは違う。そして、ブドウ樹が十分に成長した、2014年から醸造を開始。試行錯誤を重ねて、門出となるのは、そこから4年後、暑い夏を経験した2018年ヴィンテージ。現在、19年、20年も、醸造方法にさらなる調整を加えて用意しているし、この2つの畑以外からも、やはり少量ではあれ、ルイ・ロデレールのコトー・シャンプノワは登場する見込みだそうだ。
赤は、テイスティングした限りにおいては、冷涼なブルゴーニュのピノ・ノワール、あるいは、優れたボジョレーのような雰囲気がある。雰囲気はあるけれど、強いて言えば近い、という感覚で、なかなか、例えようがない。最初に独特の塩っぽいニュアンスを感じ、あとから、チャーミングな甘みをともなった爽やかな酸味がやってくる。
白は、より例えようがない。そういう意味で、現時点で、さらに感動的なのはこちらだ。酸味は赤と似ている。しかし、ちょっとソーヴィニヨン・ブランをおもわせるような柑橘の感覚もあれば、香ばしい、日本人の筆者としては醤油煎餅をイメージするようなニュアンスも感じたし、塩のイメージ、苦味、蜜のようなニュアンスもある。
とらえどころがない、あるいは千変万化といいたくなるほど味も香りも複雑で、そしてなにより、液体の抵抗がない、まろやかで穏やかな性格から、アルコール度数は13%としっかりしていながら、いくらでも飲める、とおもってしまう。面白くて仕方がないし、これはワインのイノベーションだ!とテイスティングしながら笑顔になってしまった。
レカイヨンさんは、シャンパーニュは表現の幅が広がっていて、現在はシャンパーニュの黄金期だ!と目を輝かせる。歴史に名を残す芸術家には、たとえ時代の空気がどんなにどんよりとしたものでも、分厚い雲を吹き飛ばし、春の青空のように爽快な作品をつくってみせるひとたちがいる。ジャン・バティスト・レカイヨンという人は、そういうイノベーティブな芸術家だということを、このワインは証明しているようにおもう。
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