ロブションが愛した造り手 ラリエ
フランスでは偉人に、「不死の」という形容詞をつけることがある。それは死してなお、その存在が生者のように、あるいは生者以上に、世界に影響を及ぼす、という意味だ。2018年8月にこの世を去ったジョエル・ロブション氏は、その、不死の存在と言えるだろう。氏の名を冠したレストラン、生み出したレシピ、哲学は、今も多くの人々に感動をもたらし続けているのだから。
ゆえに、氏の名を冠したシャンパーニュが登場したとして、驚くことがあろうか。しかも、今回登場したのは、ジョエル・ロブション氏が個人的に愛していたという、シャンパーニュ・メゾン「ラリエ」と、ジョエル・ロブション グループを受け継ぐ、ルイ・ロブション氏をはじめとした、ジョエル・ロブション氏の子息たちによる作品だ。
「父はそんなにワインをたくさん飲むわけではないのですが、造り手の知名度に関わらず、自分がいいとおもったワインをよく飲んでいました。そのなかのひとつが、シャンパーニュ・ラリエです。」
とは、ジョエル・ロブション氏の子息の一人にして、今回発表されたワインの輸入販売を行う株式会社ルイRの代表でもあるルイ・ロブションさん。
「父がなぜ、シャンパーニュ・ラリエが好きだったのかというと、それはもちろん、美味しいということ。そして、ラリエのシャンパーニュはあまり派手なシャンパーニュではなく、素直で率直で、まっすぐできれいな味わいのシャンパーニュだからです。素直さ、率直さはジョエル・ロブションの哲学でもあります。ジョエル・ロブションの代表料理のひとつが「じゃがいものピュレ」。シンプルな、イモという食材を使って、そこに沢山の愛情を込めて、昇華させたものです。Simple is the bestとジョエル・ロブションは常にいっていました。それはブドウをシンプルに、美味しくワインに変えてシャンパーニュにする、シャンパーニュ・ラリエの哲学と共鳴していました。」
また、シャンパーニュ・ラリエにもジョエル・ロブション氏への敬意があったそうだ。
「シャンパーニュ・ラリエのオーナーのフランシス・トリボーさんは美食家で、ジョエル・ロブションの料理を愛してくださっています。そして、ロブションの料理に合うシャンパーニュを造りたいとずっとおっしゃっていました。また、トリボーさんのロゼ・シャンパーニュの造り方に、白ブドウ、黒ブドウを交互に重ねるミルフィーユ製法という独特の造り方があるのですが、これはジョエル・ロブションの「毛ガニとアボカドとトマトのミルフィーユ仕立て」という料理を食べて、そこからインスピレーションをうけて、編み出した製法だそうです。」
こうして、不死なるジョエル・ロブションと、そのロブションのシャンパーニュとなることを望んだシャンパーニュ・ラリエのオーナーにして醸造責任者でもある、フランシス・トリボー氏によって生み出されたシャンパーニュは、15haのラリエの自社畑(アイ村にある)のブドウのなかでも、特に品質に優れたブドウを選りすぐり、ラリエの他のシャンパーニュとは、またちがったアッサンブラージュで仕上げられたもの。「シャンパーニュ・ラリエ ジョエル・ロブション」と名付けられ、世界各国のジョエル・ロブションの店舗にて、ハウス・シャンパーニュとして提供が始まった。
そして、その先陣を切るのが、ジョエル・ロブション氏が愛した日本。「京橋ワイン」において、オンライン販売も開始となり、ほどなくして、全国の小売店、酒販店でも目にすることができるようになる予定だ。
日本限定キュヴェを含む4種のシャンパーニュ
WINE WHAT は今回、発表された、4種類のシャンパーニュを試飲する機会に恵まれたので、ここに紹介したい。
シャンパーニュ・ラリエ ジョエル・ロブション ブリュット N.V.
希望小売価格・容量 7,500円(税抜)/750ml、16,000円(税抜)/1,500ml
品種 シャルドネ40%、ピノ・ノワール60%
まずはスタンダードなノンヴィンテージのブリュット。今回試飲したのはマグナムボトルで、ベースは2014年のワインとのこと。通常のボトルでは2016年のワインがベースになる。味わいは、正統派のシャンパーニュ。品種の個性もしっかり感じられ、爽やかさ、熟成感、酸味、甘味、苦味と、シャンパーニュに期待されるあらゆる要素がバランス良く揃っている。塩味のある料理との相性はとてもよい。一本でコースを通すなら、これが万能だ。
シャンパーニュ・ラリエ ジョエル・ロブション ブラン・ド・ブラン グラン・クリュ N.V.
希望小売価格・容量 10,800円(税抜)/750ml、22,000円(税抜)/1,500ml
品種 シャルドネ
シャンパーニュ・ラリエの畑があるアイ村は、シャンパーニュのなかでも最良のピノ・ノワールの産地として有名だ。ゆえに、アイ村で育てられているブドウは9割程度がピノ・ノワール。ラリエのような、小規模、あるいは中規模の造り手が、ブラン・ド・ブランを出す、ということ自体にまずは驚かされる。そして、これが素晴らしい。泡が非常にきめ細かいのが印象的。こちらもマグナムボトルのものを試飲して、ベースは2014年。通常ボトルでは2016年がベースとのこと。この年数に由来するものかもしれないけれど、リンゴのような爽やかな香りのなかに、熟成したシャンパーニュの香ばしさがある。味わいはシャープで、硬質感すら感じるけれど、同時にリンゴの蜜のような甘い印象も。ややバター的なイメージもあり、シャルドネの個性が見事に表現されている。さっぱりとさせるだけではなく、旨味を広げてもくれる、料理に向いたシャンパーニュだ。
シャンパーニュ・ラリエ ジョエル・ロブション グラン・ロゼ グラン・クリュ N.V.
希望小売価格・容量 9,800円(税抜)/750ml、20,000円(税抜)/1,500ml
品種 ピノ・ノワール65%、シャルドネ35%
これが話題に出てきた、ミルフィーユ方式を採用したロゼ・シャンパーニュ。ブドウをプレスする段階で、ピノ・ノワールとシャルドネをサンドイッチ状、いやミルフィーユ状にしているそう。色合いは淡いサーモンピンク。香りにこそ熟した黒ブドウの甘味を感じるものの、スパイシーさもあり、ピノ・ノワールの個性がしっかりと感じられる。
シャンパーニュ・ラリエ ジョエル・ロブション ミレジム 2012
希望小売価格・容量:13,000円(税抜)/750ml
品種 シャルドネ45%、ピノ・ノワール55%
これは生産量が少なく、ルイ・ロブションさんの願いで日本限定販売が実現したシャンパーニュだという。ヴィンテージ・シャンパーニュだけれど、熟成感よりも、フレッシュさ、さわやかさが、香りにおいても余韻においても印象的。香りにも味わいにも柑橘類のイメージよりも、リンゴのイメージがある。
いずれも、ガストロノミーのために造られた、というのが実感できるワインで、また、品種の個性を重視し、それを引き出すことを意図したとおもわせる。ルイ・ロブションさんの言葉を借りれば、素直で、率直なシャンパーニュ。それを実現するために、技術と愛情が注がれているから、こういうものができるのだと想像できる。
河村隆一がシャンパーニュ・ラリエ ジョエル・ロブションに捧げる歌
そしてこのシャンパーニュ、アンバサダーとして、歌手の河村隆一さんが起用されているのもなんとも独特。河村隆一さんのファンにはいまさらいうまでもないことだとはおもうけれど、河村さんは大のワイン好きだ。
アンバサダーを願った理由には、ジョエル・ロブション氏同様、偉大な人物であること、ワイン通、食通であること、など様々な理由があるとのことだけれど、実際にこの「シャンパーニュ・ラリエ ジョエル・ロブション」の発表の場に登場した河村隆一さんによれば
「とあるゴルフバーでワインを飲んでいましたら、なにやら僕のファンだという青年がやってきまして、1918年のシャトー・オー・ブリオンをもってきたんです。約100年前のワインを目の前にもってきて、これを隆一さんと飲みたいんですっていってくれたのがルイ君。その馴れ初めがありまして……またそのワインがダメだろうなとおもったんですが、あけたら美味しかったんです。100年もワインはもつんだ、とびっくりしました。美味しかったですよね?」
と、ルイ・ロブションさんと笑顔で頷きあい
「それからすごく、仲良くさせていただいて、ルイ君に聞けば、フレンチはもちろんですけれど、それ以外も、どんなところが美味しいのか、だいたいわかります。食事をともにしながら、お酒もともにして、色々なことを教えてもらっています。でも、僕いったんですよ。ファンだからって僕をアンバサダーにしちゃダメだよ、って。でも隆一さんがいいんですっておっしゃっていただいて……僕もワイン、好きなので、受けさせていただきました。」
ワインが好きなことについては、さらに、こんな風にいう
「やっぱり特別な時間っていうのは人生にそう多くはないとおもうんですよね。たとえば僕だったら、すごく大きなコンサートを成功させたときかもしれないし、自分の、今年50歳の誕生日かもしれない。色々な記念日に、これぞ、というワインを5年か10年に一度あけます。その瞬間はなににもかえられない時間なんです。味ももちろんですけれど、ワインって歴史を飲むようなところもあって、すごく感動するし、絶対に忘れない瞬間というのは、ワインとともにある。自分もまだまだ、知らないことが多いですけれど、100年もたったものが美味しくいただける。そんな飲み物、食べ物、なかなかないじゃないですか。しかもその年、その年に、社会の教科書にでてくるような歴史的な出来事がある。本当にすごいことだなとおもいますし、そういうものが今の時代に残っていることにも感謝しないといけないですよね。」
「そして、ルイ君は最初にオー・ブリオンをもってきてくれましたけれど、高価なワインは、そうやすやすとあけてはいけないともおもっています。ルイ君には、いいワインも時々は一緒に飲むんですけれど、高価ではないけれど、本当に美味しいワイン、これからもしかしたら世界に選ばれていくワインはどこにあるのか、そういうことを教えていただいています。」
その名もChampagneという名前の曲も収録されている、2015年の河村隆一さんのアルバム『Magic Hour』についても話が及ぶ
「もう長くやっているので、曲をつくるときに、構えないんです。今日書かないといけないとおもってピアノに向かったら書けます。ギターをもったら書けます。ただひとつだけ条件があって、必ず名曲を書こうとは思わない。今日書けなければ書けない、明日書く。そうこうしているうちに絶対にいい曲はうまれてくるので、10曲に1曲ほど、いい曲がうまれたらいいな、という、自分にプレッシャーを与えずに書いています。まさにMagic Hourというアルバムは、ワインやシャンパーニュを飲みながら、作詞をしたりしていました。特に作詞のほうが、現実的なエピソードを必要とするので、ワインをあけた瞬間、コルクの香りだったり、そういうところから、書くことがあります。」
いまは、シャンパーニュ・ラリエ ジョエル・ロブションに捧げる楽曲をつくっている途中だ。その曲のインストゥルメンタルは完成したものの、曲名も歌詞もまだ決まっていないという。
「これから、この曲に歌詞を書いて、歌おうとおもっています。曲の雰囲気が、僕のなかでは大きな曲、大げさな曲、になってしまったので、歌詞をどうするか今悩んでいます。歌詞は逆に、日常的なものにするか、歌詞も少し、そうですね、大きなものにするか……この楽曲、ルイ君と一緒に決めさせてもらったんです。これから僕が制作する二枚組のアルバムがありまして、そのアルバムのラストのナンバーを、これが合うんじゃないかなぁと聞いてもらっていたんです、そのときには、このシャンパーニュの存在を知っていたし、飲ませても頂いていて、ラストの曲はどうしてもシャンパーニュのイメージがはなれずに書いていたので。こんなに大きい曲になっちゃってるけれど大丈夫?とルイ君にきいたら、すごくいいですっていってくれて、ほんとうに、どう?いい?やだ?という友人同士のやりとりによって、このシャンパーニュとのマリアージュを果たしたのではないかとおもいます。」
この曲は、ここぞというときに、思い出して欲しい楽曲だという。
「人生の色々なドラマのなかで、このシャンパーニュとともに、素敵なディナーがあって、そういうときに、ふっと思い出してもらえるような楽曲になったら、最高ですね。」
そんなディナーも、これまでどおりとはいかず、そしてライブも、難しい現状については、こんな風に語った。
「LUNA SEAというバンドが去年、30周年を迎えまして、本当は今年30周年のツアーをやっていたはずなんですけれど、新型コロナウイルス感染拡大ということもあって、いったん、ツアーを延期しました。」
「僕の友人がすごく面白いことをいっていて、新型コロナウイルスというものが生まれて、人間は順応する、変化する、進化することを求められているのではないか、といったんですね。これを克服したあとには、ライブの形態というのはもちろん戻ってくるとおもうし、ディナーももっと楽しめるし、人と人が近くにいられるということがあるんですけれど、せっかく進化した部分っていうのを残しながら、今後を迎えていけば、もしかしたら、ハワイでディナーしながら僕のコンサートが見れたり、いろんなことがこれから可能になっていくんだろうなとおもっています。そういう意味では後ろに一歩下がったのではなくて半歩前に進んだくらいの気持ちで、僕は待っています。ひとより半歩先からスタートダッシュをきれるように。それが成功した暁には、美味しいシャンパーニュとディナーを頂きたいですね。」
ポジティブなアンバサダー同様、不死なるジョエル・ロブション氏もまた、いまも未来への前進を、計画しているに違いない。