Rare Fresh Expression of Napa Valley
「こんばんはみなさん。私はジェイ・ビー!」
と、〝JB〞こと、ジャン バティストリヴァイユの日本語での挨拶で、東京・虎ノ門は「アンダーズ東京」の一角を貸し切ってのディナーは幕を開けた。名前からも想像がつくように、JBはフランス人だ。しかも、プロフィールを見れば、フランスのエリート教育が生み出したダイヤモンドみたいな人。まぶしい。
なんで、そんな人が……
というのは、彼は、いま、カリフォルニアはナパ・ヴァレーのワイナリー「ニュートン」のエステート・ディレクターという立場にあるのだ。
その疑問に対して、JBはーー
「フランス南部で2世紀にわたってワインビジネスを営む家系の出身で、いまは、美しいワイナリーのディレクターです」
と、美しいアメリカ英語での簡潔な自己紹介にて答えた。そして
「ニュートンはオールドワールドとニューワールドを結ぶようなワイナリーです」
と、続ける。
ディナーとともに、ニュートンのワインを体験してみると、まさに、ニュートンはJBの言うようなワインだったのだけれど、なぜ、そういうワインが生まれるのかを、JBは先回りして、またも簡潔に説明した。
「ニュートンは、〝珍しいフレッシュ・エクスプレッション・オブ・ナパ・ヴァレー〞だからです」
以降のJBの話は、これを解き明かすことに費やされる。そして、JBの語るニュートンの歴史は、ニュートンに限らず、カリフォルニアのファイン
ワインがどんなものかを把握するうえでも興味深い話だった。
An English gentleman in San Francisco
1950年代のサンフランシスコのこと。
第二次世界大戦後にファイナンシャル・タイムズの記者としてサンフランシスコに移住し、その後、紙の輸入業で起業し財を成したピーター・ニュートンという男がいた。ピーター・ニュートンはワインとガーデニングを愛する。なぜなら彼は英国紳士だから。ロンドン生まれで、オックスフォードのベリオール・カレッジを出た。英国紳士たるもの、財を成せばカントリーハウスを持つもの。サンフランシスコにおいて、それは、今も昔もナパのあたりである。
ピーターのカントリーハウスのそばに、ワイン一族、モンダヴィ家が暮らしていて、ある日、こんなことを言ってきた。
「ピーター。君の土地はすばらしいのに、なんでブドウ畑をやらないんだ? ブドウができたらうちで買うよ」
これを聞いたピーターは思う。
「なるほど。ならば、彼らにブドウを売るよりも、自分でワイナリーをやればいいんじゃないのか?」
1964年、ピーターは、カリストガにワイナリーを設立。「スターリング・ヴィンヤード」という今も評価の高いファインワインのワイナリーだ。
しかし、ピーターは、これだけでは満足しなかった。オールドワールド的なワインとはピーターにとって、フレッシュさ、テンションがあるワインを指す。ここにナパの力強さが加わったワインが造りたい。ピーターには、当時のナパのワインは、ボディがあってパワフルだけれど、ブドウの個性の表現、複雑さ、緊張感は、フランスの銘醸地ほど表現しきれていないと感じられた。そして、それは、ヴァレーフロア(谷床平地)でブドウを栽培するからではないか、と推論するに至っていた。
ピーターは山肌にブドウ畑を開拓する。1977年、スプリング マウンテンの斜面にわずか1平方マイルのブドウ畑をもつピーターのあらたなワイナリー「ニュートン」が誕生した。果たして、そのワインは、ピーターに、その見込みの正しさを物語るものだった!
Napa Cabernet is not always Napa Cabernet
寒暖差、日照、土壌。ヴァレーフロアにはないマウンテンサイドの環境がブドウに、フレッシュさとテンションを与えた。そのワインを味わうと、ピーターの成功はあきらかで、他のワイン生産者も、山に畑を拓くというピーターのアイデアをフォローした。しかし、ナパはほどなくして環境の保全を理由に、山にブドウ畑を拓くことを規制する。かくして、山の畑は希少なものになった。
「〝珍しいフレッシュ・エクスプレッション・オブ・ナパ・ヴァレー〞と私が言ったのはこのためです」
JBは物語をこう締めくくった。
ニュートンの中核をなす品種はカベルネ・ソーヴィニヨン、いわゆるナパカベで、産地は、スプリング マウンテンのほか、ナパカベの代表的産地ヨーントヴィルとカリスマ高級ワイナリーの畑が集うヴィーダー山。
これら3つの畑をこまかく区画分けして醸造し、3産地を均等にブレンドした「アンフィルタード カベルネ ソーヴィニヨン」、そして、各産地の、これぞ、という区画のブドウで造る「シングルヴィンヤード」が代表格だ。
「ナパの3つ星レストランのシェフが、JB、やっとナパカベにリブアイのステーキじゃなく、僕の自慢の繊細な料理をあわせられる!と、僕に言ってくれたことがあったんです。ワインの名産地シャンパーニュやブルゴーニュには、色々なワインが色々な食事に合わせられるでしょう。ナパも、そうなったんです」
だから、ブルゴーニュのピノ・ノワールと、ナパのカベルネ・ソーヴィニヨンと、それからニュートンのそれを比較してみてほしい。あるいは「ナパカベか、なん
だか疲れそうだな」などと思う人にこそ、ニュートンを試してみてほしい。