ワインの音楽が会場内に鳴り響く
数多あるシャンパーニュの中でも至高の存在であるクリュッグ。6月初旬、ランスのメゾンから6代目当主オリヴィエ・クリュッグと最高醸造責任者エリック・ルベルが来日した。メゾンの重鎮がふたり揃って来日するのは、これが初めてのことである。
1843年にマインツ生まれのヨーゼフ・クリュッグがランスに自身のメゾンを設立した理由は、「これまでにない類稀なるシャンパーニュを生み出す」ため。
彼は優れたメゾンの掟として、「品質に差のないふたつのキュヴェを造ること」を旨とした。ひとつは「毎年天候に左右されず、最高品質のシャンパーニュを世に送り出すこと」。もうひとつは「年に応じて表現の異なるもの」である。前者が今日『クリュッグ グランド・キュヴェ』と呼ばれるクリュッグのフラッグシップであり、後者は『ヴィンテージ』を意味する。
プレスやクリュッグ・ラヴァー、アーティストらを招待し、東京の表参道で開催されたイベントの冒頭、「みなさんをランスにあるメゾンにお呼びしたいがそういうわけにもいかないので、東京に持ってくることにしました」と、オリヴィエが挨拶。
ランスにあるメゾンのテイスティングルームには、グランド・キュヴェのブレンドに使用されるベースワインが、その壁面に陳列されているが、それとそっくりのディスプレーが用意されていた。イベントのタイトルはずばり、「クリュッグ ハウス」だ!
「年ごとにブドウの質が異なるので、毎年、同じワインが出来ることはありません」とオリヴィエ。彼はこれを音楽に喩え、「ある年はバイオリンが主役となり、ある年はフルート、また別の年にはトランペットが主役になることもあります。そこで私たちは毎年、それぞれが異なる楽器の役割を担う400以上のベースワインを試飲し、これらを適宜ブレンドすることで、つねに一貫した表現の交響曲『クリュッグ グランド・キュヴェ』を完成させるのです」と説明した。
音楽とクリュッグというテーマにおいては、フランス国立音響音楽研究所(IRCAM)と共同で開発した、ベースワインを音で表現する試みを披露。エレガンスやフィネスを表現したメニルのシャルドネ、ストラクチャーの強さを強調したアンボネのピノ・ノワール、まろやかさやフルーティさを奏でるサント・ジェムのムニエが、音として会場内に鳴り響く。いずれはグランド・キュヴェを表現した曲が完成する予定らしい。
グランド・キュヴェ 167th エディション
さて、WINE-WHAT!?読者ならば、クリュッグ グランド・キュヴェにエディションナンバーがつくようになったのは、先刻ご承知のはず。これはメゾン創立の翌年にあたる1844年収穫のグランド・キュヴェを原点とし、1845年以降、その再現=リクリエーションを繰り返してきた回数を意味し、現行は「クリュッグ グランド・キュヴェ 167th エディション」である。
167thエディションのブレンドにおいて最も若いヴィンテージは、58パーセントを占める2011年だが、この年の天候は難しかった。
春は気温が高く、開花は平年と比べて3週間も早く始まったが、夏は気温が低めで雨も多かった。その結果、とくにシャルドネはアルコール度数が上がらず、酸にも乏しく、いかにして新鮮さを保つかが鍵となったという。
それらはフレッシュなムニエや、マロラクティック発酵の起きなかったリザーヴワインなどで補完するわけだが、熟成に6〜7年もかけるクリュッグ グランド・キュヴェ。その骨格や奥行きの深さを犠牲にせず、フレッシュさを保つブレンドの難しさたるや想像に余りある。
このブレンドのためにクリュッグの醸造チームは9月から翌年3月まで400以上のベースワインを最低2度は試飲。そのコメント総数は4000にも上る。そして最高醸造責任者のエリックとその右腕、ジュリー・カヴィルのふたりがそれらのコメントを元にブレンドのサンプルを作っていくという。
「3種類のサンプルまで絞られるとエリックに呼ばれ、醸造チームの前で、ひとりで試飲することになります」とオリヴィエ。
「最終決定を下すのはもちろんエリックですが、初代ヨーゼフの時代から連綿と受け継がれてきたグランド・キュヴェの一貫性を保つには、一族のひとりである私の意見も参考になるのです」
イベントでは167thエディションと同時に、163rd、161stエディションも振る舞われた。当然、ブレンドや熟成期間の違いによる微妙な差異は認められるものの、集中度と骨格、重層的な風味、そして新鮮味はすべてのグランド・キュヴェに一貫して備わる。メゾンを創設したヨーゼフ・クリュッグの教えは、今もしっかりと守り継がれている。