ヴーヴ・クリコはヴーヴ・クリコへの敬意に満ち溢れている
1772年に誕生した、シャンパーニュ・メゾン ヴーヴ・クリコの今日まで続く理念を形作ったのは、およそ200年前のリーダー、クリコ夫人。マダム・クリコをヴーヴ・クリコと呼ぶのは、彼女が未亡人であり、未亡人をフランス語ではヴーヴと称するから。そのクリコ夫人の偉業については、こちらの記事に譲るけれど、ヴーヴ・クリコというシャンパーニュ・メゾンからは、クリコ夫人への敬意が溢れ出ている。
というのは、ヴーヴ・クリコのヴィンテージシャンパーニュにして、ヴーヴ・クリコの頂点に君臨するシャンパーニュには「ラ・グランダム」という名前が与えられているからだ。これは、その偉業から、ラ・グランダム、つまり、かの偉大なるレディ、と称されたクリコ夫人のことを指す。ということは「ヴーヴ・クリコ ラ・グランダム」とは、クリコ夫人を2度繰り返しているような商品名なのだ。クリコ夫人というシャンパーニュ・メゾンによる、クリコ夫人というシャンパーニュ、である。200余年が経過した現在もなお、クリコ夫人は生きていて、その最高の表現において、これぞかの偉大なるレディ クリコ夫人の現在の到達点である、と言っているかのように、黒いガラス瓶に鮮やかなイエロー、あるいはピンクのラベルが貼り付けられているボトルを見ると筆者は感じ、ヴーヴ・クリコというシャンパーニュ・メゾンの不退転の覚悟を見せられているようにおもえてしまうのだ。
そこで、このほど、「ラ・グランダム 2008」のお披露目で来日した、ヴーヴ・クリコ・ポンサルダン社の代表取締役CEO ジャン=マルク・ギャロさんに、ヴーヴ・クリコをどう定義し、将来にどんな展望をもっているのかをたずねてみた。すると
「ヴーヴ・クリコは250周年を迎えようとしています。この250年が成功の歴史であったように、このあとの250年も成功しつづけます」
と、傲慢ともいえるほどの自信と、おおきな理念を表明した。そして
「それ以外にヴーヴ・クリコが目指すべきものなんてありません」
と重ねた上で、さらに
「私はこれ、なんの冗談でもなくいっています」
と念を押した。話はそこからやや具体的になる。
「なぜこんなことを言えるかというと、私達は、マダム・クリコが残したもの、マダム・クリコの精神をもっているからです。私達は信じられないような幸運に恵まれています。マダム・クリコの精神とはなにか。それは、挑戦的で、自信に満ち溢れ、そして革新的という3つの言葉に集約されます。これをさらに噛み砕けば3つの柱があるといえます。1つ目が、「品質はただひとつ、それは最高だけ」という言葉です。これを実現するのが一番難しいのは「イエローラベル」ですが、結果はご存知のとおり。今日のイエローラベルは、歴史上、最高のイエローラベルです。2つ目は、今回、お披露目する「ラ・グランダム」にあらわれているように、志をもつこと。さらに良くなろうとしつづけることです。3つ目は、ポテンシャルのある市場に出ていくこと。たとえば日本は、2年前にヴーヴ・クリコにとってアメリカにつぐ2番目の市場になりました。日本はいま一番大事な市場です。将来の話でいえば、アフリカ、東欧、中国も伸びていくでしょう」
とはいえ、シャンパーニュの生産量には限りがある。アフリカ、東欧、中国といった市場で、どんどん需要が伸びる、としても、生産側で限界はありませんか、とたずねると
「そこにどう挑戦するか、というのは、最高醸造責任者のドミニクに聞いてみたいところでもありますね。ただ、私達が優先すべきは常に品質です。量ではありません。ドミニクがどう答えるにしても、そこは前提ということはお忘れなく」
と、ここでドミニク・ドゥマルヴィルさんに水を向けた。すると
「生産量を増やすには、ですね。シャンパーニュ地方にも温暖化の影響がありますから、もっと冷涼な地域をあらたな産地として求める、という選択はあるかもしれません」
答えづらい質問かとおもいきや、ドミニク・ドゥマルヴィルさんは、さらりと返答する。
「アルデンヌのほうとか……私の出身地でもありますしね」
と笑ったあと、「冗談はさておき」と、こんな話をしてくれた。
「シャンパーニュにも課題があります。まず、消費のスタイルが変わっているということ。ヨーロッパでのシャンパーニュの消費はゆるやかに減少しています。特にイギリスやフランスは、シャンパーニュの極めておおきなマーケットでありつづけていましたが、現在はゆるやかにダウントレンドとなっている、と評価するべきでしょう。一方で、これまで消費の少なかったところで、消費量が増えています。この10年から20年で、世界で起こる可能性があるシャンパーニュの消費バランスの変化には、シャンパーニュ全体が注意して対応していかなくてはいけない、と考えています」
「では、その上で、もしもシャンパーニュをもっと造る必要があるとしたら、どうするでしょう。AOCでいえばシャンパーニュは拡大可能なのです。現在まだ、ブドウの産地にはなっていないもののシャンパーニュのなかに入る村のうち、40の村が、ブドウの産地としての可能性がある、という研究結果があります。ただし、もしもそこに実際に植樹するとなれば、どの村にどの品種がふさわしいのか、現在のシャンパーニュのブドウ産地の村もふくめて、もう一度、考え直す必要がある、と考えます。現在、シャンパーニュには植樹にあたって、かなりの制限があります。ヨーロッパのワイン業界は、どちらかというと植樹を自由化しようという風潮で、それが悪いことだとは言いませんが、シャンパーニュに関して言えば、植樹の自由化には反対です。私達はコントロールしたいと考えています。拡大するとなっても、どこに植えるか、だけでなく、どんなスピードで拡大していくか、も重要な検討課題です。これを見失ってしまったとすると、マーケットのバランスを崩してしまいかねない。ゆえに、こういったことも、早くても15年から20年先のこととして考えるべき問題だと思います」