ヴーヴ・クリコのロゼ
特別な日には、シャンパーニュで乾杯したい。
それがロゼならなおさら、特別な時間が華やかに彩られるだろう。春の訪れを感じさせる洗練された色合いは、日本人が愛してやまない桜や紅葉にも重なり、口に含めばふわりとふくよかな味わいに顔がほころぶ。どんなシーンにもマッチする懐の深さは、ロゼ シャンパーニュならではだ。グラスを手にしただけで、貴婦人のように優雅に振る舞いたくなる。
そんなロゼ シャンパーニュを生み出した一人の女性の物語をご存じだろうか。27歳の若さで未亡人となり、シャンパーニュ・メゾンの経営を引き継いだマダム・クリコがその人で、当時のフランスではまだ珍しかった女性実業家のさきがけだ。
マダム・クリコは卓越した才能と大胆な発想でメゾンの礎を築くとともに、シャンパーニュ業界を革新する。
今ではどのメゾンにもある動瓶台を考案したのも、ヴィンテージ・シャンパーニュを初めて世に送り出したのも、「ラ・グランダム(偉大な女性)」と称えられるマダム・クリコの功績だ。
ブレンド方式のロゼ シャンパーニュを初めて世に送り出したのもまた、マダム・クリコだった。
当時出回っていたニワトコの実で色付けされるロゼ シャンパーニュに満足することなく、良質な赤ワインをブレンドするという斬新な手法で1818年に誕生したのが、ヴーヴ・クリコのロゼだ。
このピノ・ノワールで赤ワインが造れるのか!?
ブレンド方式のロゼ シャンパーニュ誕生から200周年のアニヴァーサリー・イヤーを迎えた今年、「ヴーヴ・クリコ」のロゼに使う赤ワインを手掛ける醸造家ピエール・カズナーブさんが来日した。
ボルドーや南アフリカなどで長らく経験を積んだカズナーブさんは、シャンパーニュに来て初めてピノ・ノワールと向かい合ったという。
「収穫期のブドウは、まったく熟していないように見えた。こんなブドウで、どうワインを造ればいいのか戸惑ったことを今でも思い出す」そうだ。
ブドウ栽培の北限に近いシャンパーニュで、しかも栽培に手がかかるピノ・ノワールを育てるのはたやすいことではない。それでも「マダム・クリコは200年前から、ブレンド用の赤ワインについて、確固たる理想を持っていた」とカズナーブさんは言う。
ロゼ シャンパーニュの完成度を左右する赤ワインには、「フレッシュでありながら、凝縮したピノ・ノワール」が欠かせない。「品質はただひとつ、最高級だけ」を徹底したマダム・クリコが自ら選んだ畑は、すべてが後にグランクリュに格付けされたというから、恐るべき慧眼だ。
今でも赤ワインの85%がマダム・クリコの選んだ自社畑から来る。「ヴィンテージ」にはブージィ、「ラ・グランダム・ロゼ」には、メゾンが誇るクロ・コランのブドウを使用。赤ワインに使われるブドウのテロワールがシャンパーニュにも反映されている。
ロゼ シャンパーニュはなぜ高価なのか?
シャンパーニュの中でロゼが占める割合は、1割にも満たないという。「ヴーヴ・クリコ」に限れば、わずか6%という稀少な存在だ。スティルワインのロゼは世界中で人気を集め、フランスでは既に白ワインの生産量を抜いた。一部の銘柄を除き、ロゼ自体は気軽に楽しむワインとして認識されている。
では、なぜロゼ シャンパーニュが特別なのか?
ロゼ シャンパーニュはまず、造りからして特別だ。ロゼワインはEUの規定上、赤ワインと白ワインを混ぜて造ることはできないが、シャンパーニュだけはその歴史的背景から例外的に認められている。そして、ほとんどのロゼ シャンパーニュはブレンド方式で造られている。
つまり、シャンパーニュではブレンド用の赤ワインを別に造る必要があるのだ。だが、格付け畑におけるピノ・ノワールの栽培面積はそれほど多くない。さらに、常に最高の品質を求められるシャンパーニュにおいては、ロゼの場合、色合いにも気を遣わなくてはならない。造りが複雑で手間も時間もかかるロゼ シャンパーニュは、希少な存在なのだ。畑の管理を徹底し、収穫時期を見極めていても、2011年のように、赤ワインを造ることができなかった年もある。幸い2017年は、「最高の赤ワインが十分量確保できた。」
2004年からリリースするノン・ヴィンテージ ロゼ「ヴーヴ・クリコ ローズラベル」には、12%の赤ワインをブレンド。ピノ・ノワールの果実感とフレッシュなシャルドネの完璧なバランス。さすがは世界最古のロゼ シャンパーニュの貫録だ。
「ヴィンテージ・ロゼ」にブレンドされる赤ワインは、約15%。2008ヴィンテージは、ムニエの比率が高く、2007年に購入した木製タンク熟成のワインも5%使われている。「クリーンで若々しいが、数カ月前から香ばしい香りも出てきた。何十年でも熟成できるロゼ」とカズナーブさんは言う。
88年がファーストヴィンテージの「ラ・グランダム」には、贅沢にも8つのグランクリュのブドウを使用。パワフルでありながら、緻密さと洗練を感じさせる官能的な質感、最後にピュアな余韻が続く。
「現行の2006年はシャルドネの比率が高いが、次の2008年はピノ・ノワールの比率が高くなるはず」。つまり、赤ワインもいいものができたということ。次にリリースされる「ラ・グ
ランダム ロゼ」が待ち遠しい。
そして、飲み手をさらなる高みへと誘う「カーヴ・プリヴェ ヴィンテージ・ロゼ1990」。トリュフやきのこの香ばしく湿った香りは、長い熟成によるもの。樽を使っていないにも関わらず、ふくよかで芳醇な香りを感じるが、口に含めばクリーンでフレッシュ。「白よりロゼの方が、熟成のポテンシャルが高い」という言葉に深くうなずく。「プリヴェ」は、プライベートの意味。「無私の心が生んだ」堂々たる風格と長い余韻が忘れられない。
2006年には、赤ワインの醸造所を一新。区画ごとの醸造が可能になった。カズナーブさんが指揮を執り、グラビティシステムを取り入れた新たな醸造所のオープンも予定する。
「品質はただひとつ、最高級だけ」という彼女の信念は、今も脈々と受け継がれている。