—今年はオーストラリアが来そうな気配びんびんなので、オーストラリアワインの専門家、
A+スペシャリストの方々に集まっていただきました。まずは谷上さんが持ってこられた白ワインを飲みながら始めま
しょうか?
- 谷上
- 「シベリア」はヤラ・ヴァレーのホドルス・クリークが造る一番上のキュヴェです。
もともとスパークリングワインのブラン・ド・ブランに使っていた畑ですが、暖かくなってきたので、
スティル用に変えたそうです。
—アルコール度数12・8パーセントってずいぶんリーズナブルな数字ですよね。
- 谷上
- ここはだいたい高くても13パーセント前後。ピノ・グリやピノ・ブランは12・5パーセントくらいですよ。
- 東澤
- それにしてもどうして今年に入ってから、オーストラリアワインの記事が増えてきたんですかね?
- 谷上
- ワインオーストラリアの方針転換もあるんじゃないですか? 以前は大手の意向が強く反映されていましたが、小さ
な生産者にもスポットを当てるようになってきました。 - 外岡
- 今、オーストラリアは若い造り手たちが実力をつけて盛り上がってきてるので、その上の代の人たちが焦ってます
よ。昔は偉い人たちの声がデカかったので、若い人たちは何もできなかったけど、今は逆転。 - 谷上
- それからSNSの影響も大きいと思います。若い造り手たちは自分たちからどんどん情報発信してるから。
- 林
- そう、こんなワインをリリースしましたとツイッターとかに上げると、わっと広まっちゃう。
—近年、変化の大きな産地とは?
- 林
- バスケット・レンジですか?
- 谷上
- そうですね。ルーシー・マルゴーとかうちが扱っているBKワインズ、ああいう連中が集まってるんですよ。
- 東澤
- ある意味、反逆児的な人たちね。
- 谷上
- バスケット・レンジもアデレード・ヒルズの一部ですが、標高が高く、ある程度の雨量があるので、灌漑なしの畑も
見られますね。それにあそこは斜面がけっこう入り組んでいるので、その向きに応じていろいろな品種が植えられている
んです。 - 林
- フレッシュなワインが造りやすい地域ですね。ネッビオーロとかフィアーノとか、イタリア系の品種も植えられてい
たり。あっ、グリューナー・フェルトリーナーも見ましたよ。
—そうした品種はこの土地に合いそうだからというより、やってみたいから植えてみた……みたいな?
- 谷上
- そうです。彼らはいつもエクスペリメントが口癖ですから。
- 林
- 今、そういう段階ですね。みんな言うのが、僕たちはワイン造りを始めてまだ歴史が浅いからと。将来のことはまだ
誰もわからないんだって言いますね。だから、根の部分は残して、上の方だけ別の品種を接いじゃったり。去年までシャ
ルドネだった畑が今年はピノ・ノワールになってたということもよくあります。変わり身が早いといえば早い。
—地理的な理由も大きいと思いますが、東南アジアではオーストラリアワインが市民権を確立してますよね。
- 林
- 今、アジアの若手のソムリエの間で一番興味の対象なのが、オーストラリアワインですよね。この間も香港のレスト
ランでワインの話になって、「最近何飲んだの?」って聞いたら、「ダウニー」だといってボトルを見せてくれるんです
よ。「お、いいじゃん!」ってすごく盛り上がっちゃいました。 - 谷上
- それからオーストラリアワインの強みは多様性ですよ。
- 林
- そうですね、アジアの若いソムリエたちが共通して驚いているのは、オーストラリアワインだけでワインリストが作
れること。それにGIって品種の縛りがないじゃないですか。それが自由な発想を生み出していると思います。
—フランスみたいに無粋なAOCがないと。
- 林
- ただ、好き勝手にやってるわけではなく、可能性を模索している状態。その過渡期に立ち合えていることがうれしい
ですね。
—以前、ワインオーストラリアで「リージョナル・ヒーロー」というキャンペーンがありましたよね。クナワラならカベルネ・ソーヴィニヨンみたいな。
- 林
- あれが今当てはまらなくなってきましたね。
- 東澤
- あれをもとにお薦めしてくれって言われても、もう無理です(笑)。
- 谷上
- ソムリエ協会の教本にも、ヤラ・ヴァレーはシャルドネとピノ・ノワール、それにスパークリングワインの産地です
と書いてありますが、スパークリングにはもう暖か過ぎて、シャンドンもタスマニアからブドウを買ってますから。 - 林
- クレア・ヴァレーもリースリングを押してきますけど、先日行った時はサンジョヴェーゼが面白いと思いました。
- 東澤
- 食べるものが変わってきてますからね。20年くらい前のオーストラリア旅行は、サーフィン行って、コアラ見て、美
味しくない料理を食べて帰ってくるのが相場でしたが、今は東京か、東京以上のレストランがたくさんあるし……。 - 谷上
- 食べ物美味しいよね。
- 林
- 食材がいいんですよ。
- 東澤
- で、若い人たちがいろんなことやって料理作っちゃうから。
- 外岡
- アジアのトレンドとか、エスニックで使われてるものとか、どんどん取り入れている。その中で料理に合うワインと
かが成立しているような気がします。例えばあるレストランで、2年前に来た時はこんな料理を作っていたのに、今年に
なったらガラッと変わっちゃったなんてことがよくあります。 - 林
- 私がマーガレット・リヴァーで食べた料理が衝撃的でしたね。石の皿の上にオマールがのってるんですけど、石の味
がするんですよ。デザートはジャーの中にアイスクリームが入ってて、蓋を開けると燻製の煙が出てきたり。なにしろ発
想が柔軟で豊かですよね。 - 外岡
- むしろ縛られるものがないんでしょうね。和食だとか、中華だとかの括りがない。
- 谷上
- 食品の商談でオーストラリアに行った時、夕飯を一緒にしようというのでスーツにネクタイで行ったら、向こうの連
中はTシャツにジーンズなんですよ。彼らはスーツとネクタイなんて、かっこ悪いと思ってる。 - 外岡
- 忙しく働いてるのもダサいと思われるでしょ。
- 東澤
- 一応白です。スキンコンタクトを2ヶ月以上してます。
- 林
- イチジクみたいな香りがしますね。
- 東澤
- ハギスというのは、羊の胃袋に内蔵をぶちこんでオートミールと一緒に煮た、スコットランドの労働者階級が食べる
料理なんです。この伝統食がインスピレーションとなって、生まれたワインなのだそうです。マルチリージョン、マルチ
ヴィンテージ。ヤラ・ヴァレー、モーニントン・ペニンシュラ、ヒースコートで収穫された、ソーヴィニヨン・ブラン、
モスカート・ジャッロ、セミヨン、ピノ・ノワール、マルベックを、各品種ごとセラミックの玉子型タンクで醸造し、最
後にブレンドしています。 - 林
- 奥の方に巨峰みたいな感じがあって、日本人受けはいいんじゃないですか? 自然派のバルとかがこういうオースト
ラリアワインを扱い出したのも、フランスの自然派みたいにビオ特有の臭いがないですし、ジューシーでクリア、ラベル
がキャッチー。だから、若い人たちにフィットする、若い人たちが造る、若い年代のワインなんでしょうね。若い人たち
はワインを飲まないと言われますが、そうではなくて、今までその年代の人たちにフィットするワインがなかっただけだ
と思います。 - 東澤
- バーやレストランだと7000円くらいしちゃうけど、それでも若い人たち飲んでますからね。
- 林
- ある意味、ファッショナブルでもあるんですよ。
- 外岡
- そもそも若い造り手たちが、俺たちはこういうワインを飲みたいんだと、造り出したのがこの手のタイプですから
ね。 - 林
- この間、私、広州行ってきたんですけど、広州の飲茶の店で飲みたかった。
- 外岡
- 料理選ばないからね。魚よし、肉よし。
—なるほど、人生観から違うんですね? さて、次のワインは東澤さんが持ってこられた「ハギス」ですが、わっ、これは何色って言ったらいいんですか?
—では、林さんのワインを開けましょう。「ホッフキルシュ」のマキシマス・ピノ・ノワールですね。
- 林
- キーワードは「冷涼」プラス「オーガニック」です。
- 谷上
- これ、ビオディナミでデメテールの認証を取ってるんですよ。
- 林
- オーストラリアってあまりそういうイメージがないと思うんですけど、意外とビオディナミしてるワイナリーって多
いんですよね。ワイナリーとワイナリーの距離が離れているから、めっちゃ始めやすいんですよ。隣から農薬が飛んでく
るなんてことありませんから。それにフランスと比べて圧倒的に雨が少なく、乾燥してるじゃないですか。だから、私が
勝手に名付けたんですけど、「明るいオーガニック」が出来るのがオーストラリアだなと。
—いいですねそれ、いただきです。
- 東澤
- これ初めて飲んだ時、衝撃受けました。ブラインドでやって、絶対にオーストラリアワインとは思わない。
- 林
- ブルゴーニュ好きにこそ飲んでもらいたいですよね。
- 谷上
- ヘンティって場所はメルボルンから300キロくらい離れていて、車で延々と走ってやっと着くみたいなところ
なんですよ。周りに何もなくて。 - 東澤
- 因みに羊毛産業の盛んなところです(笑)。
- 谷上
- ビオディナミだから灌漑もしてないし、ヘクタール6000本くらいの密植栽培なんですね。
- 林
- 開けてすぐこれだけの香りが広がるし、いつも安定している。ブルゴーニュはなんというか……。
- 外岡
- バクチみたい(笑)。オーストラリアはばらつきが少ないし、抜栓してみたら閉じてたなんてこともないので、レス
トランでは使いやすいですよ。
—オーストラリアって州ごとにご贔屓ビールが違いますよね。ワインもアデレードの人はマーガレット・リヴァーのカベルネなんて飲まないんですか?
- 林
- 一昨日、パースに住んでいるお友達の奥さんから、「結婚記念日です。ワインは何を選んだらいいですか?」って
メールが来たんですよ。で、「シラーズのロゼがいいと思います。夏だし、暑いしね」と返事を送ったら、「買いまし
た」ってメールが返ってきて、画像見たら普通のジェイコブス・クリーク。南オーストラリアのワインでもさすがに大手
は西で売ってるんだと驚きました。 - 外岡
- オーストラリアのよいところは、千円そこそこのベースラインでもクオリティが十分高いところですよね。
- 谷上
- でもジェイコブス・クリークはちょっと反則。あの値段であれだけの品質はほかにありませんよ。リザーヴ・リース
リングなんて、みんなやってられないって匙投げちゃうから(笑)。
—では最後に、外岡さんの「ベサニー」いきましょう。
- 外岡
- ここは南オーストラリアに移民してきて、最初にブドウを植えたファミリーです。最初は栽培だけしていて、他所に
ブドウを売ってましたが、80年代に景気が悪くなって自分たちでワインを造り始めました。 - 林
- オーストラリアは栽培農家としての歴史は長いのに、ワイナリーを始めたのはつい最近という造り手がけっこう多い
ですよね。 - 外岡
- だからここも栽培農家としては6世代目、170年近いんです。
- 東澤
- オーストラリア自体が200年程度しか歴史がありませんから、その中での170年ってすごいですよね。
—向こうが見えないくらい濃いし、ポートみたいな香りがしてますね。
- 谷上
- そうですね。だいたいレーズンに近いブドウを使ってますから。う〜ん、これはバロッサ・シラーズの典型だな。
- 外岡
- 昔の教科書にあった、いわゆるユーカリの香りというのが出ますね。
- 谷上
- これだけパワフルなのに、きれいな酸があるから重々しくないし。
- 外岡
- しかも補酸してないんですよ。このワインは補酸の必要がない年だけ造るので。裏がすぐイーデン・ヴァレーで、バ
ロッサの中では標高の高いところです。 - 林
- これ、お店で売ると大人気なんですよ。濃いのに飲み疲れしないから。ラベルも素敵なので、贈り物を探している方
に薦めると、すごく喜ばれます。 - 外岡
- 今のトレンドは、冷涼産地と自然派ですけど、うちなんかのレストランでは、濃い、こういう系のワインが好きな方
も意外と多いんですよ。 - 東澤
- うちもそうですよ。「濃いのくれ」って。
- 林
- それは寒いからじゃないですか?
- 一同
- (笑)
- 谷上
- バロッサ・ヴァレーのシラーズって世界のどこにもないスタイルじゃないですか。ローヌともカリフォルニアとも違
う。これはやっぱり、オーストラリアのアイデンティティとして残すべきだと思うな。 - 外岡
- ですよね。そうだ、世界遺産登録しちゃいましょうよ!
- 一同
- 賛成!
-
谷上文祥さん
株式会社kpオーチャード代表取締役、JSA認定ワインアドバイザー。ワイン歴は25年。食品畑を長らく生業にしてきたが、趣味が高じてワインの輸入を仕事にしてはや8年。遅れてきたルーキーゆえ輸入ワインは食品時代に歩き回って土地勘のあるオーストラリアに絞ってきたが、自由でどんどん進化を続けるオーストラリアワインにどハマり中。
-
東澤壮晃さん
生業は1928年創業の食肉専門店。ネット通販及びリアル店舗は羊肉の専門店として数々の賞を受賞、日本における羊肉小売販売のリーディングカンパニー。豪州産羊肉のアンバサダー「ラムバサダー」、オーストラリアワインへのコミットメントと専門的知識を兼ね備えた「A+オーストラリアワイン・スペシャリスト」を兼任。
-
林やよいさん
シニアソムリエ、ワイン売場研究家。ワイン販売のプロのための各種セミナーやコンサルタンティングを行う「下北沢ワインラボ」主宰。2013年A+オーストラリアンワイントレードスペシャリスト。単身世界中のワイン産地を訪れたり、アジアを中心に様々な都市で様々な人々とともにワインを日々飲みかわすのがライフワーク。
-
外岡聡一さん
SAKE&WINE tono+4122オーナーシェフ。日本ソムリエ協会、シニアソムリエ。オーストラリアワインに関わり始めて20年近く経過。特に南オーストラリア州を得意
とし、「造り手の顔が見えるワインをオススメする」をモットーに、扱うワインの造り手にはできる限り会い、話を聞き、ワイナリーを訪問。