沈黙の日本
ジャパンタイムズは2017年3月に創刊120周年を迎えた。英語のネイティブ、あるいはバイリンガル記者が、日本で取材した日本のことを英語で書く新聞だ。英字新聞として見れば、日本で最長の歴史をもつ。読者の過半は、日本に住む英語話者。そのジャパンタイムズは末松弥奈子をして、
「こんなメディアがあったんだ」
と、まるで運命の人に出会ったかのようにおもわしめた。
2017年6月、彼女が代表をつとめるニューズ・ツー・ユーホールディングスは、ジャパンタイムズの全株を取得。末松弥奈子はいま、株式会社ジャパンタイムズの会長でもある。なんとも大胆ではないだろうか。企業のニュースリリースの掲載をはじめとして、インターネット上での企業の情報発信を支援するサービスを中核にしている会社が、なぜ、この時代に紙媒体、しかも新聞を事業のなかに取り込んだのか?
「わたしが最初に会社をつくった1993年は、インターネットの商用利用がはじまった年で、企業は紙で出している自社の会社案内を、そのままホームページに載せるなど、サイトはつくっても、ほとんど更新しない時代でした。ところが、外国企業のサイトのローカライズをやりだすと、ニュースがある。更新され、更新がメールで発信される。サイトはつくっておしまいではなく、運用されていたんです」
静から動への変化を感じた末松が注目したのが企業のニュースリリースだった。
「企業のニュースは、悪いことであればメディアがすぐに拡散します。ところが、よいニュースや、普段その企業がなにをしているのかがわかる情報はなかなかひろまらない」
そんな企業の普段の活動が書かれているニュースリリースは、企業がもっぱら記者に向けて発信するもので、その企業の社員すら存在をしらない場合もあった。いわんやステークスホールダーをや。
「わたしが考えたのは、企業のニュースリリースをインターネット上で公開すること。一次情報の発信者である企業と、その企業の情報、価値を伝えるべき相手とのあいだにはいって、情報を伝達するのは、まさにメディア(媒体)の仕事です」
さらにインターネットであれば、理屈上は世界中から日本企業の情報にアクセスできる。グローバルなマーケットが相手ゆえに、外国まで出向いてプレゼンテーションやメディア向けイベントをおこなう日本企業にとって、それは大きな助けとなりはしないか? 国外になかなか打って出られない、モノづくり大国ニッポンの主体をなす小規模な企業たちは、さらに大きな恩恵を受けるのではないか? そういう期待感もあった。ところが、日本から国外にまで伝わる情報は、いまだに少ない。あるいは、国外の人が日本のことを知りたいとおもっても、アクセスしやすい情報が足りない。
「CSVとかSDGsとかESGとか(※)、盛んに言われますよね。でもわたしは、そんなの当たり前、と感じている歴史ある企業が、日本にはたくさんあるとおもうんです。わざわざ大きく謳わないだけで。それこそ、近江商人の「三方良し」もそうです。それなのに、若く、自分たちのことを喧伝する外国の企業から、まるで、日本はそういったことができていない、わかっていない、かのように語られることがあると、それには強い憤りを感じます」
※CSVは経済的価値を社会的価値とともに創造しようというアプローチのことを、SDGsは国際的な目標で、持続可能な開発目標を、ESGは環境、社会、統治を長期的な成長のために必要な3つの観点とする考え方を指す。いずれも、企業は、自社の利益の追求だけを考えていては成長はなく、社会や環境への責任を果たしながら成長してゆくように、という発想からうまれている言葉
ただ、ありのままの事実が伝われば、覆る状態かもしれないのに。インターネット時代に、日本はあたかも沈黙しているかのように、何事もおこっていないかのように見える。そう末松弥奈子には感じられた。
「インターネットという環境ができあがったことで、情報をどの文脈に置くかは、より考慮すべき問題になりました。誰に何を伝えたいのかを明確にする必要があります。たとえば、私の故郷、瀬戸内に来てもらいたい、とおもったときに、瀬戸内を北海道や沖縄とくらべるのか、あるいはプーケットや地中海とくらべるのか」