シングル・ヴィンヤード化の波
オーストラリアのワイン造りは、ブルゴーニュのようにテロワールが重視されるというよりは、さまざまな土地のぶどうをブレンドしてメーカーの造りたいスタイルが表現されることが多い、と思っていた。
間違いではないだろう。オーストラリアの大手メーカー、ペンフォールズのワイン造りの基本は、「スタイルと品質の一貫性」。毎年気候や条件が違うなか、一貫したスタイルを保つため、一つの畑のぶどうだけではなく、複数の畑のぶどうから造ったワインをブレンドして調整する。
一方で、今回驚いたのは、畑の名前がついた「シングル・ヴィンヤード(単一畑)」のワインに多く遭遇したことだった。とくに印象的だったのが、ハンター・ヴァレーのトーマス・ワインズだ。
セミヨンの聖地ハンター・ヴァレーの優良生産者トーマス・ワインズのアンドリュー・トーマスさんはマクラーレンヴェイルの出身。ハンター・ヴァレーを代表するティレルズ・ワインズで経験を積み、2000年から自身のワインを造りはじめた。
「南オーストラリアに戻ろうと思っていたのに、すっかり根が生えて帰るタイミングを逃しちゃったよ」と笑う。いろいろな品種に手を出すよりも、ハンター・ヴァレーの個性が出やすいワインをつくるため、この地を象徴する2品種、セミヨンとシラーズに特化している。
タンクに書かれた「NO GUTS NO GLORY」の文字にどきり
おもしろいのは、セミヨンの白ワインをブルゴーニュのようにヴィラージュ(村名)、プルミエクリュ(一級)、グランクリュ(特級)とピラミッド状に分類して造っていたことだ。
例えばヴィラージュものの「シナジー・セミヨン」は、ブレンドされた畑の相乗効果(Synergy)で一つの個性を造り上げるように、ハンター・ヴァレーのセミヨンをブレンドする。ブルゴーニュでも村名ワインは寝かせるよりもすぐに飲んだほうが美味しいものが多いように、「シナジー・セミヨン」も今飲んでこそ魅力を発揮する。ハンター・セミヨンならではの高い酸は健在ながら、シトラス風味の果実がジューシー。お刺身と合わせたらレモン代わりになるような、フレッシュなスタイルだ。
左から火山性土壌、砂質土壌、ロームと砂、砂質ローム
単一畑のワインは4種類あり、畑の土もぜんぜん違う。赤土(火山性土壌)の「フォードウィッチ・ヒル」は早熟しやすいため早めに収穫するが、あとは収穫時期もだいたい同じで、ステンレスタンクで発酵・熟成という造り方も変わらない。トーマスさんが「The tightly coiled spring(硬いバネのような)」と表現した「ブラウモア」は、そのなかでも特級畑の扱い。何世紀もかけ地層深くまで発展した砂質ロームのテロワールが、緊張感と凝縮感のあるセミヨンを産む。軽く数十年は熟成するポテンシャルを持つという。
艶っぽいシラーズ、きれい目のシラーズ
醸造所で樽から試飲させてもらったシラーズもおもしろかった。
そもそもハンター・ヴァレーはセミヨンが有名すぎて他の品種のイメージがあまりなかったのだが、実はシラーズにも逸品が多い。トーマス・ワインズでは赤もクリュ化されていて、ヴィラージュものと、単一畑のワインに分かれていた。
シラーズは樽から試飲させてもらった
驚いたのは「ミディアム・ボディ」のなかで個性が炸裂していたこと。軽めのもの、フルボディに近い重めのものと振り幅はあるが、全て飲み疲れないミディアム・ボディなのだ。
トーマスさんが「Hunter Rive “Burgundy” style」と称した一番軽やかでフェミニンな「デジャヴ」は、なんとシラーズとセミヨンを混醸する。
シラーにヴィオニエを混ぜる北ローヌスタイルならぬ、シラーズ・セミヨンブレンドだ。セミヨンを入れることで酸味とアロマをプラスし、同時にタンニンと色をトリミングできるという。ハーブ感がゆたかで食事と一緒にするする飲みたい「スイートウォーター」、娼婦のような俗な艶っぽさのある「ダム・ブロック」、ハイソできれい目の「キス・シラーズ」まで個性はさまざま。
「俺は上品なのが好きなんだ」と女性の話をするかのように、にししと笑うトーマスさん。見た目はちょいワルだけど、ワインはすこぶるエレガントだった。