テロワールを前面に
日本のワイン市場は成長しつつあるものの、伸びはゆるやかでフラット化している。そのマーケットにおいて日本ワインは2017年1-7月の累計で前年比108%、シャトー・メルシャンは同112%、なかでも甲州は同150%と好調、シャトー・メルシャンは日本ワイン市場の60%を占めている。ということがメルシャンの代野照幸社長から誇らしげに語られた。
記者席のテーブルにはワイングラスがあらかじめ4つ並べられており、シャトー・メルシャンの「甲州きいろ香 2016」、「岩崎甲州 2016」、「日本のあわ メトード・トラディショル 2013」、そして「桔梗ヶ原メルロー シグナチャー ポン・デ・ザール 2013」が順次注がれていった。
シャトー・メルシャンの安蔵光弘チーフ・ワインメーカーによれば、「2005年に発売となった『甲州きいろ香』で初めて各産地のブドウごとにタンクを立てた。そのとき、産地によって味わいが違うことに気づいた。甲州のテロワールということを考え始めた」という。
本年4月に発売になった「岩崎甲州」では初めて勝沼町岩崎地区の名前を入れた。岩崎地区のブドウはタンニンが豊富で樽発酵に向いている。昨年仕込んだワインは、上岩崎の高野家と下岩崎の土屋家で栽培されたブドウでつくられている。両家はそれぞれ、140年前フランスに赴いた高野正誠と土屋龍憲の子孫だというから、このワインにはロマンチックな歴史物語も含まれている。「岩崎甲州」はまもなく完売だそうである。
3番めに注がれた「日本のあわ」は瓶内二次発酵を行う本格的スパークリングワイン。シャルドネ52%、甲州48%のこれは、生産数1400本をシャトー・メルシャンの総務課長が1本1本、手回しでルミアージュ(オリを瓶口に集める作業)したという。今年、機械を買ったそうだから、総務課長さんは寂しくなるかも……。
最後はフラッグシップの「桔梗ヶ原メルロー シグナチャー 2013 ヴィンテージ」。こちらの赤ワインにはしみじみする物語があった。1998年、シャトー・マルゴーの最高醸造責任者だった故ポール・ポンタリエを招聘し、「桔梗ヶ原メルロー」をテイスティングしてもらった。「褒めてくれると思っていたら、紳士的な表情でダメ出しをされてしまった」と安蔵チーフ・ワインメーカーはしみじみ語る。濃いだけではダメ。樽の香りはダメ。ブドウのポテンシャルを引き出さなければダメ。そして、「日本庭園のようなワインをつくったらどうですか。ベルサイユ宮殿を目指してはいけない。突出するものはないけれど、調和のとれた、宇宙観のあるものをつくりなさい」と提言してくれた。「調和」「フィネス(finesse)=精妙、精緻」という言葉にたどり着いた。
これを受けて、ブドウの栽培方法から見直した。翌年、長野県塩尻市の近くの桔梗ヶ原で、メルローの垣根式栽培を導入、手のかかる、ということはコストのかかる葉っぱの管理、キャノピー・マネージメントも行った。ポンタリエ氏は2015年2月に来日し、記者たちがいる同じ会議室でアッサンブラージュを決めたという。かくして生まれた「桔梗ヶ原メルロー シグナチャー 2013」は、2016年に亡くなったポンタリエ氏とのつながりを示すべく、彼が持っていたブランド、「ポン・デ・ザール」という名前を加えて10月3日より数量限定で発売する。
第3部は、シャトー・メルシャンのブランド・コンサルタントに今年から就任したマスター・オブ・ワイン、大橋健一MWによる「日本のワインづくり140年記念基調講演」だった。