Photos:Far Yeast Brewing Text:Fumihiko Suzuki
「もったいない」のイノベーション! ワイン好きも気になるビールの造り手
サステナブル特集:サステナブルを楽しくする『Far Yeast Brewing』 山田司朗さん
「捨てちゃうなんてありえない!」
その気持ち「わかる、わかる」。豊かな自然がはぐくみ、人間が手塩にかけて生み出すのが、お酒。だから、ワインを愛する人もビールを愛する人も、最後の一滴まで楽しみつくそうとするのだ。
Far Yeast Brewingの創業者にして代表、山田司朗さんが生み出すお酒のバックグラウンドストーリーには、そんな愛がこもっている。サステイナビリティなんていうと難しく感じるけれど、結局は、愛なんじゃない?
日本ワインのブドウ、ビールになる。
ワイン好きにはおなじみ、シャトー・メルシャン 勝沼ワイナリーの田村隆幸 ワイナリー長が、摘房したブドウを使ってビールが造られた、ということを教えてくれた。摘房とは、樹の栄養がより果実に凝縮するよう、あえて、ブドウ樹から、房をいくらか間引くこと。間引かれたブドウは、通常は土に還してしまう。
ワイン用に、丹精込めて育てられたブドウ。よりワインの品質を高めるための工夫とはいえ、たしかに摘房されたブドウって、使わないのはもったいないかも……
「でも、そのブドウを、ビールにどう使うの? 」
調べてみると、カベルネ・ソーヴィニヨンとマスカット・ベーリーAが、「コールド・マセレーション」というアメリカなどでも最近人気のワイン造りの手法を使って、味や香りを引き出されてから果汁になり、ここに、麦汁、さらに、見本園で栽培されていたコンコードとナイアガラのジュースも発酵終盤に投入するという、手間暇をかけた複雑なアッサンブラージュを経て、フルーツセゾンとよばれるビールになっていた。
「もったいない」から、ワイン好きもかなり気になる新たなお酒が生まれる。日本的でもあり、サステナビリティを感じる話だ。
その名も『GRAPEVINE2』。造ったのは、Far Yeast Brewingという人口わずか656人の山梨県の村「小菅村」で、18人が働くブルワリー。そしてここを率いるのは有名IT企業で経営企画、財務、M&Aなどに携わり、MBAを取得しにイギリスの名門、ケンブリッジ大学へと留学している、という異色のバックグラウンドを持つ、山田司朗さんという人物だった。造られるビールは、海外のコンクールでも多数の賞を受賞し、東京でも『東京ブロンド』『東京ホワイト』『東京アイピーエー』というビール、見かけたことはないだろうか? それの造り手だ。
一体、どんな人物で、どんなヴィジョンを持っているのか? WINE WHATは、山田司朗さんに取材を申し込んだ。
なぜ山梨でビールを造るのか?
デザイン性、内容の充実度ともに高い、Far Yeast Brewingのホームページ。「デジタルとリアルでのシームレスな顧客体験」なんて言葉も脳裏をよぎる。そして、そこにはサステナビリティについてのページもある。ファイナンス方面でも経験豊かなエリートが、故郷に対しておもうところがあり、このようなベンチャーを立ち上げたのだろうか?
「あ、いえ……最初は東京、というか私の自宅を本社として登記しておりまして、契約醸造でオリジナルビールを造り始めたんです。」
なんだか、おもっていたよりもモデストな返答がやってきた。聞けば、ベルギーのブルワリーと契約し、そこに日本の柚子と山椒を送って、オリジナルレシピのハイエンドなビール『馨和 KAGUA』を造ったのがスタートだという。
「イギリス留学時は、日本の食への関心が高まっている時期でした。そして、ヨーロッパでは、ビールにもたくさんの選択肢があり、食とともに楽しむ文化もありました。一方、当時の日本では、大量生産のビールが主流。クラフトビールは種類も少なく、認知もされていなかったんです。これを変えてゆきたいと考えて、レストランで日本の食に合う、ワイングラスで飲めるビールとして『馨和 KAGUA』を赤と白とで出したんです。」
2012年9月、香港、シンガポールを皮切りに、国内外でリリースされた『馨和 KAGUA』は高く評価された。
この当時はまだ、インターナショナルなハイエンドビールの造り手。続いて、『東京』シリーズもスタートし、これも国内外で販売し好評を得た。その状況に変化が訪れたきっかけは、2017年。いよいよ自社工場を持ったときからだった。
「当時は本社も東京でしたし、世界的にやはりビールの消費地は都市部です。東京に近く、かつ、土地代も高くないところ、そして、海外展開も考えると、原発の風評被害がないところがよい。そこで山梨で条件に合う場所を探したのですが、そのときに小菅村を知り、東京を流れる多摩川の源流があり、ブランドストーリーとしても適している、とおもいました。また、気温も最適で、空気がきれいなところもビール造りに適しています。ビールはワインや日本酒と比べてもアルコール度数が低いですから、衛生管理をより徹底する必要があります。」
ほかの土地は考えなかったのですか?と聞くと、「あまり選択肢を広げると決められなくなるから」と言ったあと、「だから、たまたま、といえばたまたまでしょうか」と、山田さんは相変わらず、穏やかに語るのだった。
オープンな村がイノベーションを生む
ベンチャー企業の経営者にして、押しの強い雰囲気は微塵もない山田さん。山梨県のなかでも小さな小菅村に、工場を造るというのは歓迎されたのだろうか?
「最初からオープンだったとおもいます。移住者が多く、その移住者ものびのびと活動出来ている印象です。数年経って、村の人とも仲良くなって、いまはより一層応援してもらっています。」
それが嬉しいんですよね、とつぶやいたあとに
「何度か、県内の桃を使ったビールを造ったんです。山梨は日本一の桃の産地なのですが、桃は繊細なので『はねだし』が多くて、地元の人は桃、買わないんですよ。もらえてしまうから。そういうものだから、加工もとても大事な農作物なのですが、クラフトビールの世界では、桃のテイストは比較的定番で、だったらということで造ったところ、毎回、よろこばれました。お客さんにだけでなく、生産者からも、PRになる、と」
しかも、山梨では、定期的に桃を使ったビールを売り出す造り手がいなかった。そこで、これを定番化するとともに、梅、ブドウ、トマトなど、県内のフルーツを使うようになった。これが『山梨応援プロジェクト』という企画へと育ってゆく。冒頭のシャトー・メルシャン 勝沼ワイナリーのブドウを使った『GRAPEVINE2』はブドウのビールとして2つ目、プロジェクト全体では8番目の企画だ。
「プロジェクトとして始めたのは2020年です。本社を小菅村に移したのも同じ年ですね。クラフトビールの造り手は、全国のビアフェスティバルに出たりと、夏の時期などは特に忙しいのですが、新型コロナの影響もあって、充分な時間があった、というのもあります。」
地域を盛り上げていこう、と考えるようになったのは、だから、この2~3年のことだという。
「ここには学校も中学校までしかなく、働く場所も少ない。地元の方の興味は、自然と、地域経済を盛り上げることになります。この村のビールが、国内外のお客さんに届くことで、それが、村の活性化につながる、ということ、それが、日本の将来に渡っての課題への対応にもつながることは、地元の方と話すうちに、実感として理解できるようになっていきました。」
シンプルで無駄なく美しい
Far Yeast Brewingの魅力のひとつに、デザインの美しさ、があるとおもう。それは商品それぞれのパッケージデザインがシンプルに商品の特徴を表現していることもそうだし、先述のホームページのデザインもそうだ。ブルワリーの装置の写真をみても、清潔で品質が高い印象を受ける。
「ビールは麦芽を糖化する際に温水を使います。麦芽をお湯に浸し、麦汁を搾ったあとに上からお湯で押すんです。そして、発酵の前には麦汁を冷却します。この冷却に使う水は90度ちかいお湯になります。それを捨てるのはもったいない。うちでは、お湯を回収する仕組みがあり、このお湯を次の仕込みや洗浄に使います。蒸留酒を造るときもお湯はたくさんできますよね。それも回収しています。」
と、ここでももったいない精神が発揮されていた。そして、そういう無駄のなさが美しさを生むのではないだろうか。創業当初から、アートディレクターが存在していることだけが、美しさの理由ではあるまい。と、ここで気になる。たしかに、Far Yeast Brewingでは、ジン、つまり蒸留酒を造っている。その際に必要な器具は、当然、ビール造りで使う器具とは違うはず……
「蒸留窯もビールの仕込み装置のとなりに用意しました。というのも、ビールは賞味期限がありますから、昨今のように、お酒が売りにくい状況では特に、販売できなかったビールがそれなりに出ます。製造工程でロスが出ることもあります。これをただ、捨ててしまうのは、ありえないとおもったんです。使わない手はない。とはいえ、そのままビールとして売ることはできません。それで、蒸留して、美味しいお酒に生まれ変わってもらったんです。」
そういえば、ブドウを使う、といっても、除梗や破砕、圧搾は必要ですよね?
「最初はすべて手作業、足踏みでやったのですが、GRAPEVINE2のときに、簡単な搾汁機は導入しました。」
一度しかやらないことに、わざわざそれ用の器具を導入するのは「もったいない」。これはつまり、続けていく、という表明でもあるのだろう。
「これからも意外性のある面白いものを造っていきます。もちろん、山梨応援プロジェクトもやめるつもりはありません。」
実は、新工場を村内に造ることもすでに予定している。ほかにもFar Yeast Brewingのビールをフルラインナップで楽しめる飲食店を国内3店舗、台湾で1店舗経営している事実に、山田さんの経営者としての腕前、攻めの姿勢がうかがえる。
甲州とマスカット・ベーリーAを使ったビール蒸留酒が出る
「そうだ、ちょうどいいニュースもあるんですよ」
そういって紹介してくれたのは2月1日(火)に限定販売がスタートした蒸留酒。
フランス コニャック地方で造られる、ピノ・デ・シャラントから着想を得たもので、ベルギーで100年以上の歴史を持つBraeckman蒸留所のポットスチルで『馨和 KAGUA』を2回蒸留した後、小菅村に運び、赤ワイン用に使われていたフレンチオーク樽で9カ月間熟成。ここに、甲州とマスカット・ベーリーAのピューレをブレンドして無濾過でボトリングしたものだという。名前は『オフトレイル アゼオトロープ ピノ・デ・ヤマナシ』。
ビール、ワイン、スピリッツの融合。Far Yeast Brewingの集大成みたいな贅沢なお酒だけれど、もしこれが集大成だとしても、山田さんなら、すぐにまた次の一歩を踏み出すはず。「もったいない」とおもう気持ちから、ワクワクするお酒が、これからも生まれてくることを期待したい。
Far Yeast Brewing
URL:faryeast.com
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