餃子ワインブームの背景
ブームの走りとも言えるのが2009年に渋谷にオープンした「立吉餃子」。餃子は好きだけど、女性一人でラーメン屋や中華料理屋に入る勇気はないし、餃子一人前だけを頼むのも気がひける、と感じていたオシャレ女子は、実はたくさんいたようで、この店は大繁盛する。以後、バル形式の餃子店が次々と生まれた。
あの「餃子の王将」も女性向けに「GYOZA OHSHO」という小洒落た店を展開している。
そもそも、餃子とワインという組み合わせはパリで生まれた。フランスで日本人初のミシュラン二つ星に輝いた「パッサージュ53」の佐藤伸一シェフが開いた「GYOZA-BAR」がきっかけ。餃子はパリっ子たちにも大ウケで、行列ができるほどの繁盛店になった。餃子をワインで楽しむスタイルは、この時に生まれた。
思えば、餃子のように肉や野菜などを、小麦粉などの皮で巻いて焼いたり、蒸したり、揚げたりする料理は、世界中にある。イタリアのラビオリ、スペインのエンパナーダ、インドのサモサ、トルコのマンティ、ネパールのモモ、ロシアのペリメニ……
餃子は、中国で生まれ、シルクロードでヨーロッパにも伝播されたという。餃子のような食べ物は、ヨーロッパにも昔からあったわけで、だからこそ餃子はパリでもすぐに受け入れられたのだろう。
餃子は縁起物?
発祥は、中国の山東省と言われている。中国春秋時代(紀元前770〜221年)の文献に餃子が出てくるそうだ。
中国では、日常的にも食べるが、お正月の縁起物でもある。それは、元宝という馬蹄型のお金に形が似ているので、食べるとお金をもたらしてくれる縁起物と考えられていたから、と言われている。
実際にお金を入れた餃子を作る家庭もあり、それに当たるとその年は縁起がいいと考えるフォーチュンクッキーのような餃子もあるそうだ。
中国での餃子は、水餃子と蒸し餃子がメイン。水餃子は中国の北部でよく食べられ、蒸し餃子は中国南部で好まれた。蒸しの方が後から生まれている。蒸しができてから、餃子の形や彩りが多彩に発展した。そういえば三色餃子、四色餃子などは、すべて蒸しだ。
焼き餃子は、中国では古くなった水餃子や蒸し餃子を鍋などで焼いて、つまり温めて食べた鍋貼と呼ばれた料理が発祥。中国人に聞くと、日本で残りご飯をチャーハンにするような感覚だとか。中国では餃子はいわば主食。おかずと一緒に食べる。餃子定食は中国では考えられない組み合わせだとも言っていた。
日本で焼き餃子が主流になった理由
日本で最初に餃子を食べたのは、ラーメン同様、水戸黄門だと言われている。つまり江戸時代が日本での餃子の歴史のスタート。ただ、現在のように広く食べられるようになったのは戦後のこと。諸説あるが、よく言われるのは、満州にいた日本兵が、現地で食べていた餃子を戦後懐かしみ、故郷でその味を再現したというもの。
日本で焼き餃子が広がった理由は、日本人の好みの問題が一番大きいのだろうと思う。水餃子より醤油との相性がいいように感じるし、何より、あの食感の複雑さは日本人好みだ。
が、満州での兵隊さんたちの食事情もあったかもしれない。戦時中の食環境では、今のようにお腹が満たされることは少なかったろう。余り物の水餃子や蒸し餃子を温めて食べる焼き餃子をよく食べたであろうことは想像できる。帰国してから、懐かしいと思い出すのは、つまり焼き餃子の方だったのではないかと思うのだ。
焼き餃子はどう広がったのか?
焼き餃子発祥と言われている店が、横浜の野毛にある。昭和24年創業の「萬里」。第二次大戦中、中国にいた初代が現地で食べた「旭ぶた饅頭」という料理にはまり、毎日のように通いつめて、ついにレシピを教えてもらったそうなのだが、その旭ぶた饅頭が、実は日本人向けに名前を変えて売っていた餃子だったという話。
帰国後、萬里を開店し、餃子をメニューに加えると大ヒット。
神保町にある餃子専門店「スヰートポーヅ」は昭和11年創業なので、ここが日本の焼き餃子発祥という話はかなり怪しいのだが、ここで生まれて初めて餃子を食べた人が多かったのは事実のようだ。その人気ぶりは大きく、焼き餃子を日本に広げた店の一つであることは間違いないだろう。