
ナパの一般的なブドウ畑と異なり、ここではブドウの植密度が高く、樹高は低め。コルドンではなく、ギュイヨで仕立てられている
至高のワインを生む、自然と人間との調和
デイビッドさんの求めに応じて改植を始めてから第9期まで完了し、現在、ブドウ畑の総面積はおよそ60ヘクタール。広大な敷地に対して4パーセントにも満たない広さである。
それ以外は鹿や七面鳥など野生の生物が棲息する、手付かずのままの森と湖。いわばこの自然のサンクチュアリーが、ブドウ畑の環境を守っているのだ。
ケンゾー エステイトのブドウ畑はナパ・ヴァレーのヴァレー・フロア、つまり東西の山に挟まれた谷底の平地とはまったく様子が異なっている。ブドウの樹々はなだらかな丘の斜面に沿って植えられ、樹と樹の間隔は狭く、樹の高さも低い。そしてナパ・ヴァレーの大半のブドウ樹が、コルドンと呼ばれる短梢仕立てなのに対して、ここでは長梢仕立てのギュイヨを採用している。むしろフランスのブドウ畑のような景観だ。
ケンゾー エステイトの標高は500-600メートル。昼夜の気温差は20度もある。土壌も痩せているのだろう。すべてはこの土地のテロワールに合わせ、デイビッドさんが選んだ栽培テクニックなのだ。
ワイナリーによってはテイスティングルームとブドウ畑の距離が離れすぎていて、結局、試飲だけで終わってしまうツアーも少なくないが、互いが隣接するケンゾー エステイトでは、畑の様子をつぶさに観察できるのがうれしい。

醸造棟は2棟あり、一方にはステンレスタンク、もう一方には温度保持で有利なコンクリートタンクが並ぶ
醸造棟は「ナパの安藤忠雄」の異名をもつハワード・バッケンのデザイン。鈍色に輝くステンレスタンクと上すぼまりのコンクリートタンクがふたつの棟にそれぞれ並ぶ。これまで、選果は人の手による房選りと粒選りの2段階だったが、今年から最新の光学式選果機を導入するそうだ。これはあらかじめ設定したデータをもとに、健全で完熟したブドウのみを機械が選ぶ優れもの。人は疲れてくると判断が鈍るが、機械ならばそれがない。
まるでトンネルをくり貫くように、山肌に設えられたケイブこと樽熟庫に入ると、ひんやりとした静寂感に包まれる。実際、庫内の温度はエアコンに頼らずとも12-13度の低さ。照明は暗く落とされ、太陽に照らされた外界とは厚い扉で完全に遮断されている。
ここには「藍 ai」など珠玉のワインが詰められたフランス産オーク樽が整然と並び、熟成の時を刻んでいるのだ。
ケイブこと樽熟成庫。赤ワインはここで約18カ月、白ワインは6-7カ月、オークの小樽で寝かされる