ワイン好きにとって、新ヴィンテージは楽しみなもの。ブドウ酒は、その年、その年のブドウに大きく左右される酒だ。ヴィンテージワインには、その年の個性があらわれる。そしてまた、その個性をどう表現するかで、造り手が目指しているものを見ることもできる。規模から考えてもシャンパーニュで最も影響力があるエペルネを本拠地とする造り手、モエ・エ・シャンドンの「グラン ヴィンテージ」は、シャンパーニュ地方のヴィンテージワインのメートル原器的存在といってもいいのではないだろうか。2021年、モエ・エ・シャンドンは2013年ヴィンテージをリリースする。それがどんなワインなのか、醸造最高責任者 ブノワ・ゴエズが語った。
モエ・エ・シャンドン グラン ヴィンテージ2013 そろそろ登場
醸造最高責任者 ブノワ・ゴエズが語る
実をいえば、このイベントは2021年3月に開催されていた。
パンデミックの影響で、親日家のブノワ・ゴエズは来日できず、グラン ヴィンテージのリリーススケジュールにも影響があった。
まだか、まだか、と待ち焦がれていた、グラン ヴィンテージ。ある日、フランスから一通のメールが届いた。「ブノワ・ゴエズがあなたをグラン ヴィンテージ 2013のテイスティングに招待したい。ボトルを送るから住所を教えて欲しい。」
かくして、日本ではまだ誰も飲んだことのないモエ・エ・シャンドン グラン ヴィンテージ 2013を画面の向こうの造り手、ブノワ・ゴエズとともに試すという機会を得たのだった。
ヴィンテージはノンヴィンテージと何がちがうのか?
話はグラン ヴィンテージではなく、モエ・エ・シャンドンの定番、「モエ アンペリアル」からスタートした。
モエ アンペリアルは、ある1年のブドウのみで造るワイン=ヴィンテージワインではなく、収穫年が違うブドウから造られたワインをブレンドするワイン=ノンヴィンテージワインだ。とはいえ、ボトル内の分量構成において、最も量が多いワインは、造った時点で最新のワインで、現在だと2017年のブドウから造られたワインだ。2017年にブドウが収穫され、その後、醸造、そして3年ほどの熟成を経て、現在、市場に流通している。
2017年は作柄的には難しい年だった。そこで、豊作だったこともあって十分な量がある、2015年、16年のリザーブワインの助けを借りて、現在のモエ アンペリアルは誰もが「モエ アンペリアルだ」と感じられるバランスを実現している。
モエ アンペリアルは現在、ドザージュ7g/リットルと、シャンパーニュのスタンダード「ノンヴィンテージのブリュット」の中では、ドザージュが最も少ないワインのひとつ。つまり、乱暴な言い方をすれば、ちょっと酸っぱかったり、パワー不足だったりしたときに、糖分を足してごまかす、ということを自ら禁じている。
「ブドウの完熟、リザーブワイン、熟成によって、ドザージュに頼ることなく、精密に、誰もが受け入れやすいシャンパーニュを造る。それがモエ アンペリアルのヴィジョンです。」
と、ブノワ・ゴエズは言った。
これに対して、グラン ヴィンテージは、ある特定の1年のブドウを使って造られるヴィンテージワインだ。そこで表現されるものはもっとワガママ。その年のブドウに対する、ブノワ・ゴエズの考え方が表現されるのだ。
芸術作品は作者がその作品をどう考えてつくったのかを聞くと、見え方が変わるもの。グラン ヴィンテージについてブノワ・ゴエズに聞く、というのは、それと同じだ。
2013年はどんな年?
さて、本題だ。
ブノワ・ゴエズはまず、2013年が独特な年だった、とデータを見せながら説明した。
まず、1960年からの年間平均気温。基本的には右肩上がりの傾向で、地球は温暖化していることがわかるけれど、2013年はぐっと涼しい。平均気温が11℃を下回ったのは、2000年代では2010年と2013年だけ。1960年から見てもそう多くはない。
冬、春と涼しく、芽が出るのも遅く、花が咲くまでの日数も長かった。
花が咲いたのは、7月になってからだった。
そこからは気候に恵まれ、花が咲いてから収穫までの日数は、ここ10年の平均程度の日数だった。
収穫の開始日は9月末となった。
2013年ヴィンテージにとって、これが重要だと、ブノワ・ゴエズは言う。
日光のさし方が、夏と9月の後半では違う。というのだ。
ブドウは9月の終わり頃から、秋の日差しをうけて熟成する。熟度に問題があったため、収穫を遅くまで待ったのではなく、花が咲くまでに時間がかかったことで、2013年は、秋の時間を長く体験したブドウが収穫された、というのだ。
これは、筆者が解釈するに、ステーキ肉を強火で一気に焼き上げるのと、低温でじっくり焼き上げるのとの差、のようなものではないだろうか。2013年は、後者なのだ。
「シャルドネは10.5%のアルコールポテンシャルがあり、熟成は早く、2008年にやや近い性格と言えるかもしれない。よく熟しながら、酸度も十分に保たれた」とブノワ・ゴエズは言った。
2013年はシャルドネが特に優れている。そして、ピノ・ノワールも、栽培の気配りのおかげで十分によいものとなった。ゆえに、モエ・エ・シャンドンにとって2013年はグラン ヴィンテージとするにふさわしい年となった、というのだ。
グラン ヴィンテージ 2013
テイスティングは、グラン ヴィンテージ 2013から。後に同ロゼが控えている。
ブノワ・ゴエズがまず、特徴として挙げたのは、シャルドネとピノ・ノワールがおおよそ半々の割合で使われているところ。2013年はシャルドネが非常に優れている一方、ピノ・ノワールは力強さ、凝縮感において、例年よりやや劣る。ただそれは、しなやかな筋肉のように、ワインに作用している、という。
「秋の雰囲気が感じられます。それは鬱々とした秋ではなく、明るいオレンジ色の、黄金色の木の葉や植物の色、深みがあり大人っぽいイメージの秋です。フルーティーな香りだけれど、それは、リンゴ、ナシ、モモといった果肉が白いフルーツの香り。そこにクリやグリルしたナッツ、シリアルのような、ブラウン、ブロンド、ゴールドの成熟感を感じませんか? エネルギッシュでフルーティーで精密。青々しさはなく、ラフさもない。ドライでもない。リニアな酸味で長く口のなかに余韻が残り、その余韻は複雑で構築的だとおもいます。」
グラン ヴィンテージ ロゼ 2013
続いて、グラン ヴィンテージ ロゼ 2013。
ロゼシャンパーニュについては、以前から、ブノワ・ゴエズはモエ・エ・シャンドンがロゼシャンパーニュに対して為している役割が大きいと主張している。
「歴史をたどれば、1801年にナポレオンがモエ・エ・シャンドンの1796年のロゼをオーダーしている証拠もあり、モエ・エ・シャンドンのロゼには歴史も格式もあります。また1990年代のおわりまで、シャンパーニュではロゼの生産量は全体の2、3パーセントでした。モエ・エ・シャンドンはロゼ アンペリアルを90年代中頃にリリースし、ネクター、アイス アンペリアルにもロゼを用意し、合計すると現在では生産量の20パーセントがロゼです。シャンパーニュ全体ではロゼの比率はまだ10パーセント程度なのです。つまり、それだけ、モエ・エ・シャンドンにはロゼのノウハウがあり、技術レベルが高い。」
有名なところでは、モエ・エ・シャンドンは2004年に、赤ワインのワイナリーを造っている。それはもちろん、ロゼ シャンパーニュにブレンドするための赤ワインだ。このために、シャンパーニュ地方ではなかなか数の揃わない、よく熟したピノ・ノワールを入手していて、それは、シャンパーニュ地方のピノ・ノワールの名産地、アイ村を中心に、キュミエール、オーヴィレール、マルイユ=シュール=アイ、ブジー、時にヴェルズネーといった地域のものだという。アルコール度数は11.5%から12%で仕上げることができるものだというから、冷涼なシャンパーニュ地方では本当に、しっかりと熟したブドウだ。
とはいえ、タンニンを強く抽出するような醸造方法は取らずに造っているという。
味わう機会もないため、興味深いモエ・エ・シャンドンの赤ワインだけれど、グラン ヴィンテージ ロゼにおけるその使用量は減り続けているという。
「多い頃には、全体の25パーセントが赤ワインでした。しかし、この2013年では14パーセントです。2020年のグラン ヴィンテージも実は準備しているのですが、そこでは9パーセントまで下げています。大量に赤ワインを使わなくてよくなった理由は、しっかりとした赤ワインが安定して造れるようになったからです。」
さらに2013年についていえば、赤ワインではないピノ・ノワールの使用パーセンテージも低い。
「ロゼ シャンパーニュではブレンドする赤ワインも含めて、50から60パーセントのピノ・ノワールを使うのが普通ですが、この2013年は44パーセントです。」
残りのパーセンテージは、シャルドネが35パーセント、ムニエが21パーセント。そしてその味わいは……
「ワイルドさすらある赤、黒のフルーツのイメージ。スパイシーさもあるフルーティーさ。フィニッシュにピンクのグレープフルーツのようなビターさがある。リフレッシングで刺激的。」
そして、ここから話が発展していく。
苦味に注目せよ
「2013年は冷涼な年で例外的ではありますが、この30年、温暖化の影響でシャンパーニュのブドウは、酸度が落ちていく傾向にあります。ブドウはよく熟し、それがドザージュを減らす一つの理由でもあるのですが、そうはいっても、シャンパーニュは冷涼な地です。タンニン、ポリフェノールの強さが問題になるようなことはありません。むしろ、ポリフェノールをうまくコントロールすることで、苦味を引き出す、という選択肢が生まれた、と私は捉えています。」
「かつて私は、酸味や苦味は、ネガティブなものとして捉え、ドザージュを用いるなどして、抑え込むという発想に、あまり疑問を抱いてはいませんでした。しかし、例えば日本では、苦味を美味しさのひとつとして捉える文化がありますよね。それは禁じられた美味。美味の追求の先に発見された、攻撃的ではない、美味しい苦味、美味しい酸味というものがあると知りました。いまの私のワインでは、それらもバランスを形成する要素としています。」
ブノワ・ゴエズの個性がより強く反映されているグラン ヴィンテージでは、その要素を見つけやすい。
「ですから、フードペアリングの際には、ぜひ、苦味を探してみてください。日本であればアユはどうでしょうか。いま、日本に行って自分で試せないのが残念なのですが、きっと、苦味の要素が、グラン ヴィンテージの世界観をより豊かなものにしてくれると思います。」
モエ・エ・シャンドン グラン ヴィンテージ ロゼ 2013の販売はすでにスタートしており、グラン ヴィンテージ 2013は夏頃に、日本でも味わうことができるようになる予定だ。先代となる2012年ヴィンテージとは、また個性の異なるユニークなワイン。ぜひ、味わってみて欲しい。
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