逆風から停滞へ
5月。コブハクチョウの雛鳥が産声をあげる。長い闇にもいずれ眩しい光が差すのだ。2ヶ月に及ぶロックダウンが解除され、フランスの街は一時的に賑やかさを取り戻した。
Covid 19 はワイン市場へどうインパクトを与えるのか。いま多くの識者により議論されているが、フランスのワイン生産者の視点から要点をまとめてみよう。ここ数ヶ月の間に市場では明らかな変化が起こった。
ブドウの国際研究機関OIV のPau Roca氏は指摘する。
「欧州のワイン市場はホスピタリティー産業の停滞により、ロックダウン以降、売上数量が35%下落、売上金額にして50%以上も下落した。」
思えば欧州のワイン産業に逆風が吹き始めたのは今春の話ではない。2019年10月、トランプ政権により対米輸出ワインの追加関税が適用に。年始には、フランスワインの主要輸出先の英国がEUを離脱。時を同じくして中国市場がウイルスにより麻痺した。その後各国で飲食店が閉鎖。3月にはプロヴァインなど国際展示会が相次いで中止となり、顧客との商談が宙に浮いた。極めつけはボルドー・プリムールの延期。先物販売が経営の根幹をなすボルドーシャトー。小規模のシャトーはキャッシュの枯渇が懸念される。ネゴシアンの多くは部分的休業を取り入れながらも生命線である生産体制をかろうじて維持してきた。
フランス国内の消費のトレンド
過去3カ月間のフランス国内の消費トレンドを見ていこう。業態別の動きはどうか。各国同様オントレード(レストラン・バー等)の落ち込みが激しく、空港DFS( 免税店)、生産者のテイスティングルームは言わずもがな閑古鳥が鳴いた。一方、スーパーマーケットや通販・オンライン販売の売上は急増。ECモール大手のAmazon、Cdiscountは特に好調だ。ドメーヌのウェブサイトではDTCセグメント(生産者から消費者への直接販売)の売上が増加していると聞く。高い投資利益率
(ROI)を見込めるため、造り手側の期待は高い。
ワインのタイプ別の需要はどうか。人と分かち合う傾向の強いシャンパーニュ・スパークリングワインが勢いを潜め、スティルワインが伸長した。BIB(バッグ・イン・ボックス)、パウチは大容量で低価格。開栓後に長期間楽しめることもあり消費者心理とマッチング。フランス国内でセールスが躍進した。単調な毎日に華やかな差し色を求めてロゼワインの需要が増加。長い在宅期間で健康に気を遣うのだろう、オーガニックワインが堅調に推移した。BIB、ロゼ、オーガニックは従前より拡大してきたカテゴリーだが、今回のインシデントにより成長が更に加速したと言ってよいだろう。
続いて価格帯。ニールセンの調査によると、フランスのスーパーマーケットではロックダウン後の2週間でシャンパーニュの売上が53%下落。一方、低価格のIGPワインの売上は+10%に転じた。雇用不安から消費マインドが冷え込み、リーズナブルな価格のワインがよく売れる。グラン・ヴァンの動きは停滞している。
デジタルプロモーションの加速 労働力の懸念
ワインのプロモーション手法には新たな流れができた。ウェビナー、インスタグラムを利用したワインのデジタルマーケティングが急速に普及。サロン・ドュラモットのCEO、Didier DepondはSNSでE-tasting を配信。新たな購買層の獲得を目指している。
最後にブドウ畑への影響はどうか。畑での作業を諸外国の季節労働者に頼るシャトーは多い。EU間の労働者の越境移動の制約が続けば収穫の遅延につながる。ソーシャル・ディスタンスの確保も足かせだ。GCFグループではブドウ樹一列につき作業者を一名までとルール化。効率は下がるが従業員の健康の確保を優先する。収穫まで3ヶ月。皮肉にも今年のブドウの成長は早い。北半球のブドウの花の開花は例年より約2週間早いのだとか。自然は、人間が準備を整えるまで待っていてはくれない。
消費のトレンドは変化し、マーケットは生き物のようにうごめいている。ハクチョウの雛鳥が巣立つ時、世界はどう変わっているだろう。ワイン生産者にとって向かい風強しだが、面白くチャレンジングな市場を前にワクワクが止まらない。