ペアリングには、いろいろな方向性があります。一番簡単なのは、酸が弱い料理に酸の強いワインを合わせるような、逆の要素をはめ込むパズル方式。また、酸がいきいきとした料理に、同じく酸がいきいきとしたワインを合わせて同調させる方式があります。さらには、あえてちょっとズラして味に陰影やグラデーションをつける方式も。両者が組み合ったとき、どのような構成になるか? それがペアリングを検証するポイントになります。
イタリア8大品種検証用ワイン8種
参加テイスター
品種の個性に注目!
永瀬 こちらにお集まりのお三方は皆さんワインをよくご存じで、ワインと和食を合わせてみた経験もすでにお持ちかと。でも、イタリアワインと和食を合わせた経験はあるんでしょうか?
縫 私、自宅で和食を食べるときはついついフランスワインを選んでしまいます。正直、イタリアワインはあまり……。
永瀬 ワインラバーが最も避けて通ると言われている(笑)イタリアワインですからね。
宮下 イタリアワインは地場品種の種類がとてつもない数で、ワイン通にも敬遠されがちなんです。まだ知られていないけれどおいしいイタリアワインは、次々と日本に入ってきているのに。
永瀬 その数が多すぎるという品種のほうからアプローチしよう、というのが今日のペアリングの主旨なんですよ。品種の個性に注目し、料理との馴染み具合を見ていきます。
中戸川 私は和食だとジョージアのオレンジワインなどの自然派を選ぶことが多いんです。「渋みが日本茶みたいでいいね」という理由で。
永瀬 ジョージアだけでなくイタリアのワインって95%が自然派です。1990年代は「瓶ごとに味わいの差があるのはダメ」と言われ、諸外国のワイン産地ではテクニックに頼り切って品質を均一にしていった時代。しかし、イタリアでは多くの造り手が昔ながらの手法を変えませんでした。だから、イタリアではうっかり造り手に「自然派に転換した?」なんて聞くと、「昔からそうだけど」とムッとされちゃいます。
宮下 とくにオーガニックの認証をとっていなくても、健全なブドウを使っているワインは静かに自然派だったりするんですよね。
永瀬 まさにイタリアは、そんなワインばかり。さて、今日は主だった8品種を使ったワインを計8本用意しましたので、それぞれどんな料理と合うのか確認していきましょう。なんでもかんでも「おいしい」と褒めるのでなく、率直な意見をどうぞ。合わなければ、どうして合わなかったかをお話しするいい機会になります。
中戸川 このラインナップをパッと見たところでは、辛口スパークリングの(1)モスカートがどの料理とも合わせやすそう。
その1 厚揚げ
永瀬 「料理と合う」という感覚が、果たして「ベストマッチ」なのか、「失敗していない」程度なのか? そこがポイントです。(1)モスカートは、(2)カッリカンテ、(3)グリッロとともに、テーブルへ最初にやってきた厚揚げとのペアリングを試してみてください。
宮下 (1)はモスカートなのに辛口なんですか。
永瀬 アロマティックなモスカートの香りがたっぷり、しかし口に含むときめ細やかで若々しい酸味があり、甘くはないスパークリングです。
宮下 りんごのような渋みが後から来ますね。そして、ワイン単体で味わってみた段階では、キリリと引き締まった(2)カッリカンテに好感が持てます。和食との相性もよさそう。
縫 ベタっとしてない(2)は、酒が進むタイプ。
中戸川 飲むと元気になれるのは(1)。でも、あえて厚揚げと合わせなくてもいい気もします。
永瀬 スパークリングはどんな料理とも合うとされるのが通説です。でも私の持論としては、泡こそどんな料理とも合わせづらい!
宮下/縫/中戸川 えー?
永瀬 泡が舌の上に層を作り、味覚のセンサーが反応しなくなるんです。たしかに料理とケンカはしないので、合わなくはない。でもそれって、そもそも何も会話しないからケンカにもならないようなもの。
宮下 会話してない2人ですか……。深い。辛口の(2)カッリカンテはビシッとした線が際立ちすぎて、さすがに厚揚げには厳しいみたいです。
縫 そうですね、(2)は食材との接点が感じられない。厚揚げのクリスピーな表面部分だけ食べれば、(1)や(2)とバランスがとれる気もしますが。
永瀬 (2)のカッリカンテはアタックがクリスピー。だから、厚揚げのカリカリした部分と合わせる手もペアリングのひとつ。必ずしも味を合わせるのでなく、食感で繋げていくのもアリなんです。
宮下 でも、豆腐のクリーミーなやわらかい部分と合わせるなら、やっぱり(3)のグリッロ。
中戸川 (3)が一番、ふわっと馴染んでくれます。
永瀬 (3)グリッロはアルコール感とストラクチャーが出やすく、食材の味をまとめていけるだけの要素があるんです。厚揚げに添えてある生姜の辛みや苦みには、ワインの果実味でマスクしてもらえます。一方、(2)カッリカンテは果実味が控えめですが、酸とミネラルが強い。次は、この3本をお刺身と一緒に試してみてください。
その2 刺身盛り合わせ
【ベストマッチ】(6)ピエディロッソ [ヴィノジア]ピエディロッソ
【ポイント】薬味に負けないスパイシーさで、刺身×イタリア赤の世界観を切り開く。
宮下 魚の旨味が多いからでしょうか、(2)の固い芯が突き抜けるような感じがなくなりました。
永瀬 (2)はミネラル感が強い。ミネラルは塩と同じことなんですが、刺身に塩を振ると水が抜けて素材に凝縮感が出ますよね。まさにその変化が、口中で起こるんです。ただ、生姜やネギといった薬味の苦み、辛みをまとめてふくよかにしてくれるのは、(1)の甘い香り。ここで、(1)のモスカートは香り、(2)のカッリカンテはミネラル、(3)のグリッロはしっかりしたストラクチャー、と品種の個性がクッキリ分かれましたね。だから料理と合わせるには何が必要なのかもクリアになってくるんです。
中戸川 刺身に赤ワインを持ってくる余地はないんでしょうか?
永瀬 ぜひ試してみましょう。ロゼの(4)モンテプルチアーノに続けて、赤は(5)バルベーラ、(6)ピエディロッソの3本をどうぞ。
中戸川 生臭くならなければいいな。
永瀬 ロゼや赤が白と違うのは、タンニンがあるところ。タンニンは一般的に渋みと捉えられていますが、水分や油分をなくすものなんです。それで舌がキュッと引っ張られる。
宮下 舌が乾くんですよね。
縫 あれ、もしかしたらお刺身は、白よりロゼや赤のほうが合う気がします。今まで、生魚ならカルパッチョで白ワインが定番。まさか和の刺身を赤ワインと合わせるなんて、試そうとも思わなかったです。
永瀬 ただ、この刺身盛り合わせは醤油だけでなく、甘酢をつけたり、薬味を添えたりしますから、すべて赤ワインとマッチするとは限りません。赤だと「やっぱり重いかな」と感じるときもあるでしょう。そこは、ロゼで。
縫 ロゼは、どの刺身でもすごく馴染みます。
中戸川 お刺身をぜんぜん邪魔しない。
宮下 違和感がないですね。醤油の出汁っぽい旨味とも相性がいい。
永瀬 ね、ロゼは万能でしょう。
宮下 うちのショップでは、外国人を中心にロゼが人気。もっとロゼは重宝されるべきですよね。
中戸川 鯖も、生臭くならないです。そして、醤油をつけた鯖なら、赤ワインがとてもおいしい。
永瀬 じつは料理に醤油やジャムを入れると、一気に赤ワインと相性がよくなるという裏技があります。赤の(5)バルベーラはタンニンがなくて酸があり、ジューシー。(6)ピエディロッソはトマトの茎のようなタンニン、胡椒のスパイスがあります。白(2)カッリカンテ(3)グリッロと同じように、こちらの(5)(6)も対照的なワインを並べました。果実感のある白(3)と厚揚げのペアリングが成功しましたが、どうでしょう、こちらでも果実の甘味がある赤(6)ピエディロッソのほうが合わせやすいのでは。
宮下 でも、うちのショップで「ほんのり甘口」と書いたワインはなかなか売れない(笑)。
永瀬 普段からみなさんが赤ばかり選ぶから、和食とのペアリングが難しくなってきてしまうんです。ワイン好きほど辛口を選ぶ傾向にありますが、和食と合わせるなら、ワインにも必ずなんらかの甘味が必要です。和食と長年合わせてきた日本酒には糖分がありますしね。
その3 鯖の炭焼き
【ベストマッチ】(8)サグランティーノ [テヌータ・カステルブオーノ]カラパーチェ
【ポイント】パワフルなタンニンが、肉よりしつこい魚の脂をサラッと流してくれる。
縫 刺身だけでなく、焼き魚も赤かな?
宮下 この焼いた鯖に合わせたら、すぐ相性が分かります。旨味が強くてボリューミーな鯖だから、白だと逆に負けちゃう。
縫 あ、鯖の焦げ目が赤ワインの余韻に合う。
永瀬 さらに、(5)はバルベーラの果実感を全体に溶け込ませるよう、樽を使っているんですよ。すると乳酸のニュアンスが出て、クリーム系の料理と相性がよくなります。と同時に、生クリームの重さを軽くさせる酸味も持ち合わせています。
縫 だからこのマカロニグラタンとしっくりくるんですね。
宮下 「クリーミーな料理には樽のかかったシャルドネ」と言われますが、ここでも赤ですか。さすがに上にのってるいくらだけつまむと、(5)はちょっとイケてないですけど(笑)。
その4 いくらとうにのマカロニグラタン
永瀬 さて、白より赤のほうが料理に合わせやすいという流れになったところで、今までの白とキャラの異なる(7)ヴェルメンティーノを。この白は青いニュアンスの強い品種で、しかもかなりミネラリー。
中戸川 あれっ、この白なら生でも焼いてもイケるじゃないですか。青さがあるのに、魚の旨味を完全には洗い流さないところがいい。
宮下 きっと、青いだけでなく奥にちゃんとふくよかな果実味があるから合うんですよ。
縫 私、昔は断然赤ワイン派で辛口好きでした。でも、赤も白も果実味第でペアリングが変わるんですね。
中戸川 甘いワイン、私も敬遠してました。
永瀬 最後は世界で一番タンニンの強い赤、(8)のサグランティーノ。普通なら完全に肉、です。
宮下 脂ののったサーロイン向きだと思いましたが、なんと脂ののった鯖にもピッタリ。
永瀬 魚が持つ不飽和脂肪酸は、口中で残ると肉の脂より重く感じます。それをタンニンが流してくれるんです。
その5 からすみ蕎麦
縫 からすみ蕎麦のからすみも、で合わせられますよ。魚卵はペアリグが難しいのに。
中戸川 ロゼの(4)モンテプルチャーノと合わせても。そうすると、からすみの旨味がきちんと出ます。
永瀬 からすみは、(8)サグランティーノだとポリフェノールがまとめてマスキングしてくれる。(4)だと、そこに果実味を足してプラスにもっていってくれる。
宮下 料理と一緒に飲んでこそ、あらためて分かるワインの力ってあるんですね。
永瀬 これからは、ワインホワット読者の皆さんにも、マッチングを意識しながらイタリアワインと和食を合わせてほしい。楽しく食べて飲むことで、自然とイタリアワインの勉強にもなりますよ。
検証を終えて〜参加者からひとこと〜
永瀬ソムリエのまとめ
ネッビオーロの産地の人たちは、どんな食事内容だろうと、たとえ刺身だろうと、かたくなにネッビオーロを飲むんです。ネッビオーロの個性を愛する彼らは、ロゼを「薄くて中途半端な飲み物」と揶揄することも(笑)。
ところで日本は、食事中にジュースを飲む習慣がありませんでしたよね。ワインは言わばアルコールの入ったジュースで、それを和食に合わせる歴史がないから、慣れないのは当たり前。だからこそ、私たちは白、ロゼ、赤となんでもいちから経験して、ペアリングを試す自由と楽しさを手に入れています。ペアリング自体が料理のようなもので、ブドウの品種違いは食材の違いととらえればいいし、完成した1皿に添えるワインを調味料の類とみなしてもいい。料理をする人の目線でイタリアワインを見ていけば、簡単にイタリアワインが頭にスッと入ってくる。「品種ファースト」の理由は、そこにあるんですよ。