実直なワイン
南アフリカの黒人女性ワイン醸造家 ヌツィキ・ビエラさんによるワイン、と聞いても、そこまで強い興味は抱かなかった。アパルトヘイト後、黒人の社会進出を支援する動きが南アフリカにはある。そして、ワインは南アフリカの無視できない産業だから、ブドウ栽培やワイン醸造に携わる黒人やワインで成功する黒人ビジネスマンが、少数でも、いることは知っていた。ただ、それは彼の地においては大きな意味があることでも、日本に暮らすぼくには、他人事のような印象が否めなかった。
しかし、ヌツィキ・ビエラさんが造った「ウムササネ」というワインを飲んだら興味が湧いた。カベルネ・ソーヴィニヨンを中核として、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルドをブレンドしたそれは、決して重たくも甘ったるくもないワインで、香り、口当たり、充足感、爽やかな余韻、いずれも見事なバランスだ。難解さや自己主張はない。飲む人を邪魔しない優しいワイン。おとなしい人が造ったのだろうか、と想像していたら、ヌツィキさんがいま日本に来ているという。会ってみたいと願い、その願いはすぐにかなった。
ワインと出会い、すぐにスターダムに
ヌツィキさんは貧しい小さな村に生まれ、村の全員と、村で尊敬をあつめる祖母に育てられたという。高校卒業後、なんでもいいから奨学金を得てさらに勉強しようとしたら、いくつかの落選の後、ステレンボッシュ大学でブドウ栽培とワイン醸造を学ぶ奨学金に受かった。
「ワインの道を志していたわけではないの。20 歳まで、私はワインなんてなにも知らなかったんだから」
ヌツィキさんはそこでワインに魅了され、42 歳になったいまも魅了されている。
「同じ年の同じ品種でも全然違う味になる、なんで? 問い、知るほどに、ワインにのめり込んだわ」
2004 年に大学を卒業し、「ステルカヤ」というステレンボッシュのワイナリーに就職した。独立したい野心から、経営がそばで見える小規模ワイナリーを選んだ。2 年後、手掛けたワインが国際品評会で最高の評価を獲得。黒人女性の造ったという話題も手伝ってスターダムにのし上がった。
2016 年、尊敬する祖母の名を冠したワイン会社「アスリナ」を起こす。ブドウは信頼する農家から買い、醸造所は間借り。社員はヌツィキさんを含め2 人。年間生産量2 万本。今は自社醸造所をもつことが目標だ。
議論好きの大人の女性
理想とするワインは? と問うと「食べ物ならイタリア……ならイタリアのワインね、キャンティとか」といいながら、サンジョヴェーゼのワインを造ってみたい、シャルドネでオレンジワインが造りたい、と、熱っぽく語る。しばらくワイン話をして、最初の質問にもどると
「開けてすぐ飲めないワインは造りたくないの。それは私の決意よ。」
では、ワインとは? と聞くと「愛、分かち合い、自然の恵み、そして友情」それってどんな友情? と質問したら怒られた。「友情にどんなもこんなもないわ。利害や理由がある間柄は関係性というの。テーブルでワインを開ければ会話が弾む。関係性が友情になるかもしれない」
一言でいうならヌツィキさんは大人の女性だ。信念があり、実直で、強いがゆえにやさしい。きっと、お祖母さんに似たのだろう。この人であれば、迷わず進み、これからもすぐれたワインを造りつづけるに違いない。