ピノ・グリージョ「ラマート」× 甲州「グリ・ド・グリ」
ヴォエリック(以下ヴォ) 先日は山梨のシャトー・メルシャンを訪問し、まるでホームタウンへ戻った気分を味わいました。私がワインを造っているフリウリのコッリオと同じ、周囲を森に囲まれた畑。丘の上まで行ったけど、あの空気感は素晴らしかった!
安蔵 勝沼で、甲州種を棚栽培している上岩崎の畑へ案内したんですよね。
ヴォ でも、気候はフリウリとやや違うみたい。7、8月以外に雨が降る山梨より、フリウリのほうがドライ。それに、夏の夜の気温はフリウリのほうが低い。
安蔵 日本は、7、8月になると夜でも25~26℃くらい。もはや熱帯ですよ。
ヴォ 年によるけど、フリウリなら夜はだいたい15~16℃。もちろん昼間は32℃あたりまで上がりますから、畑では朝早くに作業をします。ブドウの鮮度を大切にするためです。
安蔵 いいですねぇ、夜が15℃だと醸造家がグッスリ眠れる(笑)。いや、ワイン造りには醸造家の体調管理も大事なので。
ヴォ とはいえ、8月は休みナシですよ。毎日ブドウを試食して、リンゴ酸からくるスパイシーな風味を探します。アロマの熟度を味覚で判断して収穫時期を決め、8月中にピノ・グリージョ、ソーヴィニヨン・ブランから収穫し始めます。
安蔵 そのピノ・グリージョで造られた御社の「ラマート」を、このたび初めて飲んでみました。
ヴォ ラマートとは、イタリア語で銅色を意味し、醗酵前にスキン・コンタクトをする伝統的な製法で造られます。ブドウの果皮の色が移って銅色に輝くワインとなるわけですが、造りの分類としては白ワインになるんです。
安蔵 シャトー・メルシャンでも、甲州種で果皮を漬け込んだ「グリ・ド・グリ」を造っています。
ヴォ 甲州という品種に、私は以前から興味を持っていました。シャトー・メルシャンにとっても歴史的に重要なブドウでしょう。どの生産地でも歴史や伝統、テロワールがワイン造りにはとても大切だと思っています。
ロゼ的「ラマート」× オレンジワイン的「グリ・ド・グリ」
安蔵 「ラマート」と「グリ・ド・グリ」を比較すると、共通点も異なる点もあります。スキン・コンタクトをする点では共通していますが、「グリ・ド・グリ」はフェノール、タンニンをきちんと抽出します。2017年物は、果皮と種子を漬け込み醸し発酵(最大28日間)をしたものを主体に、マセラシオン・アショーをしたものをブレンドしています。いっぽう「ラマート」は、タンニン分が少なくてやさしい味わい。
ヴォ 昔の「ラマート」は、「グリ・ド・グリ」のようにしっかり漬けこんで渋みタップリだったんですよ。それを、アテムスでは徐々にエレガントなスタイルに変えてきたのです。最近は、8℃という低温で10時間スキン・コンタクトをする程度です。
安蔵 アテムスは、渋みの少ないロゼ的なワインが理想なんですね。こちらは、もともと白ワインからの派生で現在に至ります。甲州で辛口白を造ると、軽い味わいになりがち。もっと厚みを持たせたいと考えていたところ、シャトー・メルシャン工場長を務めていたこともある醸造家の浅井昭吾さんが、「昔は甲州のブドウを潰し、短期間醗酵してから搾っていた時代があった」と話をしてくれて。「白ブドウを醸してもいいんだな」とヒントをもらいました。
ヴォ 甲州もピノ・グリージョも、いろんなスタイルのワインを造ることができる品種。そして最終的にどう造るかは、世界のトレンドを意識するというより、自分たちの哲学に則った結果ですよね。アテムスの「ラマート」は、果皮からアロマを引き出しつつ、フレッシュな酸味も持たせたかったから、低温短時間のスキン・コンタクトを選びました。
安蔵 「グリ・ド・グリ」を最初にリリースしたのは2002年。色が付いた甲州ワインは「酸化してる?」と疑われたものでした。要はオレンジワインの概念ではあるんですが、当時はそんな便利な言葉がありませんでした。
ヴォ 歴史を感じる話ですね。
安蔵 今は、「オレンジタイプの甲州」と言えば分かってくれる。酸化はしていないですからね。ヴォエリックさんも、シャトー・メルシャンを来訪したとき、酸化を防ぎながらブドウをプレスするブーハー社の圧搾機を見たでしょう。
ヴォ うちも同じタイプのマシンを使ってます。アイテムによっては、ほんの少しの酸化がプラスになることもあるけれど、基本的に酸化のコントロールは大事。
安蔵 エレガントなワインを造るために、酸化をなるべく防ぎたい。そこは、アテムスとシャトー・メルシャンの共通点です。
テロワールを表現すればトレンドから外れない
ヴォ エレガンスを求めるのは、限られた品種だけではありません。シャルドネやソーヴィニヨン・ブランなどの国際品種でも同じです。
安蔵 国際品種になると、以前は海外のワインを強く意識していました。シャルドネを新樽100%にすると、フランスらしいシャルドネになった気がしていたし、ソーヴィニヨン・ブランは「ニュージーランドとロワール、どちらの方向に持っていこう?」と相談し合ったりもしていました。でも、最近は変わりました。「ちょうどいい熟度でブドウを収穫し、樽は控えめなほうが、日本らしさが出るのでは」と。
ヴォ やはり、テロワールを表現することが第一なんですよ。世界的に造りのトレンドはあるだろうけれど、自分の畑でフィネスやエレガンスを追求していれば、じつはトレンドから外れない。
安蔵 「海外のワインのコピーを造っても仕方がない」と日本的なものに注力し始めたのは2005年頃かな。日本のフランス料理店も、それまではフォアグラやトリュフなど海外のものを輸入して、フランスの星付きレストランと同じような料理を目指していたように思いますが、国産の食材にこだわる方向へとチェンジしてきた。
ヴォ そう、ワイン造りは料理と似ているんです。畑の小さな区画を見ながら、ここに何の品種が合うか、私たちは何ができるのか、考えていく。シェフが食材を見て吟味し、経験からメニューを組み立てるように、私は畑ごとにブドウを醸造し、それぞれのポテンシャルを把握してアイデアを出します。
安蔵 日本も、国際品種に取り組みだしてからまだ20~30年しか経っていない。「この区画にはこの品種」と定まっていないんです。ただただ植えて試すしかない。テロワールに合う品種を見つけたら、栽培や醸造も変わっていきます。シャルドネは樽の比率がどんどん低くなりましたし、ソーヴィニヨン・ブランも、2つの区画を一度に収穫していたのを、アロマのピークと、果実が熟すまで待ってからと、時期をずらして収穫するようになりました。
ヴォエリックさんにとって、フリウリらしさとは?
ヴォ 酸は大きなポイントですよね。アテムスでは、糖のレベルが上がりきらなくても、酸の状態次第では早い段階で収穫をスタートするときがあります。最後は、熟度の高いブドウとのブレンドで調整すればいい。
安蔵 あれこれ栽培を試しているなかで、最近はアルバリーニョが面白いんですよ。収量は多くありませんが、品質が高い。本場スペインのリアス・バイシャスではペルゴラという棚仕立で栽培されているから、日本でも甲州と同じように棚仕立てできれば、と思っています。
ヴォ 安蔵さん、もし甲州を分けてくれたら、フリウリでもペルゴラで栽培してみますよ(笑)。ワイン好きに楽しんでもらえるでしょ。
安蔵 あはは、甲州もテロワールをちゃんと反映しますからね。さて、ヴォエリックさんにとって、フリウリらしさとはなんでしょう? どの品種でも、フリウリで造れば当然フリウリらしさが出てくる?
ヴォ たとえばソーヴィニヨン・ブランも、畑の区画によって独自性が出てきますよね。それぞれで収穫しておいてマイクロ・テロワールを把握し、最終的にはひとつにまとめ、フリウリならではの複雑性につなげていきます。テロワールの概念には、人も入りますよ。ワインを造る私はフリウリ出身のフリウリ人。私もテロワールの一部なんです。
安蔵 そんなフリウリらしいワインが、じつは日本食と合うという。
ヴォ 焼鳥と合います!
安蔵 ヴォエリックさん、焼鳥大好きなんですよね(笑)。私も好きですけど。
ヴォ クラシックでデリケートなピノ・グリージョと焼鳥のペアリングが最高。
安蔵 「ラマート」ってこと?
ヴォ もちろん。フレッシュでミネラルもあって。あ、焼鳥はタレで。
安蔵 シャトー・メルシャンだと、焼鳥のタレなら「グリ・ド・グリ」。タレの甘みとワインの香りがマッチします。甲州「きいろ香」は酸がクッキリしているので、焼鳥の塩で。もちろん、お互いのワインは焼鳥以外の日本食と合います。さあ、それを確かめに行きましょう。