青空、緑なす庭、白いワイナリー
西オーストラリア州マーガレットリバーにある名門ワイナリー「ボエジャー・エステイト(Voyager Estate)」
ヨーロッパ風の白い美しい建物とワイナリーの周辺に広がるバラ園が、初めて訪れた人の心を掴んで離さないと注目を集める素晴らしいワイナリーだ。
旅のハイライトとなるほど印象的なのは、雲ひとつない青空・緑・ワイナリーの白い建物!その美しい色のコントラストがインスタ映え間違いなしのナイスビューなのだ。彼らのワインの味はというと、ここマーガレットリバーの特徴を見事に表現した正統派ワインである。非の打ち所のない素晴らしいワインでありながら、優等生すぎるのだろうか。その整ったワインの味わいよりも、そこに広がる景色やバラ園の方が不思議と印象に残ってしまうのが失礼ながら私の正直な感想であった。
先日、このワイナリーの40周年を記念する試飲会の招待状が届いた。「あの綺麗なワイナリーだ」と記憶に残る景観を思い浮かべながら参加の返事をした。試飲会で用意されたのは、2006年ヴィンテージから現在の最新ヴィンテージに至るまでのシャルドネの飲み比べ。
新醸造家の表現
彼らが新しい醸造家を迎え入れワイン造りに変化を取り入れたのが、私が初めてこのワイナリーへ訪れた2008年の翌年のことであった。
ワインの世界では、ヴィンテージの違うワインを飲み比べることを縦飲みと言う。これは、実に面白い縦飲みだ。2006年から2015年にかけて、少しづつワインのスタイルが変わってきているのが良く分かる。私個人の感想としては、2010年のヴィンテージ以降、味わいに深みが増したように感じた。酸のバランスやオークの香りの強さなど年々変わる味わいが、ワイン造りへの試行錯誤を感じさせる。
2015年以降のバランスのとれた味わい、舌触りのまろやかさ、後に長く続く余韻は、素晴らしい。ワイン造りとは、天・地・人。気候環境・土壌・人の手によって変わると言われるが、人の手によって意図的にスタイルが変わっていく過程を試飲出来てとても楽しかった。そして、新醸造家が変化をもたらしたのは、醸造方法だけではなかったのだ。2009年にボエジャー・エスティトの醸造を任されたスティーブ・ジェイムスは、いち早くオーガニックに目をつけた。オーガニックワイン、ナチュラルワインに興味を示すワイン愛好家が少なくはない今日このごろ。1978年からブドウを育ててきた土壌を一変しオーガニックワインとして認められるための土壌づくりを始めたのである。
このワイナリー設立当初からの土壌を80%近く変えてしまうことに抵抗はなかったのか問うと、スティーブは笑顔で顔を横に振った。
「以前のボエジャー・エスティト のワインも、マーガレットリバーらしい芳醇な果実味のある素晴らしいワインであった。でも、それだけでは物足りない。もっとマーガレットリバーの畑や自然をワインに表現したいと思ったのだ。」
インド洋と南極海から二つの海風を浴びるこの地域は、ジャイアントエアコンを備えたような畑だとスティーブは話す。雲一つない青空も、ブドウ栽培をサポートしている。雲がないことで、夜の気温は極端に低くなるのである。実際に、行ってみると真夏にも関わらず、夜には毛布が欲しくなる日もあるくらいだ。日中と夜のこの極端な気温差が、ワインにクリアな酸を与えてくれる。「素晴らしい環境下にあるのだから、もっと自然にワインを造りたい。ワインを飲むと、テロワールの違いを感じる。そんな素直なワインをここで造ってみたい。その想いを実現するには、オーガニックワインがぴったりだと思う。」そう話すスティーブの目は、とても生き生きしていた。
変化は続いていく
オーストラリアでは、オーガニックワインと認められるまでに3年以上かかるとされる。以前に使用していた化学的要素が少しでも土壌や作物に残っていてはいけないからである。スティーブが、醸造長就任以来手掛けてきたオーガニックワインプロジェクトは、ついに2020年に誕生する。オーガニックワインとしての一歩を踏み出す、来年からのボエジャー・エスティトから益々目が離せない。