ブーズロンの新星
検事だったグザヴィエ・モワスネさんが2014年にはじめた、シャン・ド・テミスというワイナリーは、大体4.5haのアリゴテの畑をブーズロンに持つ。というか借りている。
2010年、ロマネ・コンティを脅迫する事件があった。この捜査にくわわった捜査官は、そのときの付き合いから、ロマネ・コンティの経営者、ド・ヴィレーヌ氏に夕食に招かれた。そこで「知り合いにワインを造りたがっている人物がいる」と、友人のグザヴィエさんの話をしたところ、ここに同席した、ドメーヌ フランス・レシュノーのマダムが、ちょうど誰も引き継いでいない土地と建物があるから、とグザヴィエさんに電話をしてきたのだという。
もともとはニュイ・サン・ジョルジュに畑をもっていたものの、フィロキセラの被害が起きた際に、すべて売ってしまったモワスネ家の出身のグザヴィエさん。家はワイン業界との付き合いが深く、幼い頃からワイン業界と面識があって、成人して検事になると、本業の傍らワインを学んだ。学べば学ぶほど、自分でワインを造りたいという情熱が燃え上がる。自分のドメーヌを持つ。そう決意するも、それで、はいどうぞと土地が見つかるほどブルゴーニュは閑散とはしていない。
「ですから、信じられないようなビッグネームからの信じられないような提案でした。ただ、正直、え? ブーズロンとはおもいました。有名な産地ではないし、アリゴテはクセが強いでしょう」
しかし、実際に畑を見て気が変わった。小さな畑ではあれ、そこには1930年代、40年代のアリゴテが植わっていた。ブーズロン特有の金のアリゴテだ。
「アリゴテは本来は多産な品種で樹勢は強く、酸っぱくなりがちです。コントロールするのは大変ですが、ここは生産量が少なくなる古樹。しかもこのアリゴテはブーズロンならではの品種。まろやかで香りも素晴らしい」
グザヴィエさんは、畑の古樹を遺産と呼び、この株を母に、アリゴテを維持している。アリゴテのワインは酸がはっきりとしているのが特徴だけれど、グザヴィエさんのワインの酸味は攻撃的ではない。その酸味を基調として、栽培区画ごと、ヴィンテージごとに、シルキーさ、スパイシーさ、苦みなど、要素の強弱や、その要素を感じるタイミングが若干ことなる。驚くべきはブーズロンの「レ・コルセル」という1930年代の古樹を中核とした一本。2016年ヴィンテージ。柑橘系の果物のような印象だけれど、香りも味も、高貴で美しい。高級品ですよね? と聞いてみると。
「ちょっとだけですよ。ワインは専門家が眉間にシワを寄せて飲むのではなく、テーブルで楽しく飲んで欲しいですから」
アリゴテのイメージが変わった。
「ブルゴーニュらしい白ワインでしょう。こんなすばらしいアリゴテがあって、小さな村ですが、みなさん親切で。ここでやってよかったとおもっています」
念の為、いじめみたいなことはないのか聞いてみる。
「2014年は初年度で、栽培のほかに役所への届け出などもあって、大変でした。アリゴテをオーガニックでやっていますから、手がかかるんです。パンクしそうになっていたら、村の人たちが1週間、無償で手伝いにきてくれたんです」
オーガニック認証をとるには、3年間オーガニックを続けなくてはいけない。しかし、3年目の2016年は、ブルゴーニュ全体が天候不順に悩まされ、生活の維持のため、オーガニックを断念せざるを得なかった生産者も多い。
「歯を食いしばってやりました。生産量はごくわずかですが、早熟な果実と晩熟の果実の両極端に振れたことで、よいワインができました」
ちなみに、生産量とバリエーションを確保したいというおもいもあってメルキュレイにもピノ・ノワールの畑をもっているグザヴィエさん。メルキュ
レイのいかつさはなく、トマトとかプラムみたいな印象がある赤ワインだ。やさしいのはグザヴィエさんのスタイルなのだろう。