ブルゴーニュワイン好きにこそ知ってもらいたい
リュリィは第一次世界大戦後に、戦争の影響から後継者不足に陥り、ワイン産地として忘れられかけていた。そのリュリィの代々の土地で1946年に、ドメーヌとしてワイン造りをはじめたアンリ・ジャクソンは、その時代のリュリィの先駆者のひとりだった。アンリさんがどんな人物だったかはわからないけれど、その息子のポールさんは、なんとも親切で気さくなおじさんだ。
「日本! 大好きな国だよ。日本のテレビがここに取材にきたことがあるんだ。でもそのとき、わたしは足踏みでピジャージュをやっていたんだ。下半身裸で」
とおどける。ジャクソン家ではピジャージュは発酵末期に1日1回やるという。
「それから、アルコール発酵とマセレーションは時間をかけて。それで、やわらかく、ピノ・ノワールの果実味を出すんです。わたしたちの畑では、リュリィの畑のものでも、メルキュレイの畑のものでもおなじ。熟成は樽で1年。25%くらい新樽を使います」
基本的にこのあたりのピノ・ノワールはリッチで、タンニンが強いのが特徴だ。特にメルキュレイはその傾向が強いされる。
「そうなんですか? うちのワイン飲みました?」
と、また、ポールさんがいたずらっぽく微笑むのだった。おっしゃる通り、力強くありつつもガチガチに筋肉質というのではなく、しなやかだ。
「シルキーで、グルマンで、フルーティーであること。これが私達のスタイルです。それから赤ワインはフィルターをかけません。卵白で清澄します」
と、ポールさんの娘にして、現在はこのドメーヌの当主、マリーさんがつづける。ちょっと早口で、サバサバした物言い。元銀行員だというのが頷ける。マリーさんがいう、ドメーヌの特徴は、白ワインから、特に雄弁に感じることができた。ミネラルなのだろうか、まろやかな舌触りはシルキーで、酸味と苦みはグルマン。果実の清涼感と甘い香りはフルーティーだ。
「あ、これでうちのワイン造りの秘密はすべてお話しました。明日から、同じワイン造りにチャレンジできますよ」
筆者はリュリィにもメルキュレイにも畑をもっていないので、ジャクソン家のワイン造りの秘訣を試す機会はなさそうだ。しかもジャクソン家の畑はプルミエ・クリュである。
現在、ワイン造りのトップは、マリーさんの弟のピエールさん。ディジョンで醸造技術を学んだ。
「とはいえ、この仕事は、父が、そしてなにより土地が先生です」
ちょっと斜に構えたピエールさんは、親から継いでいるものはアヴァンギャルドな精神だという。なにを聞いても、わかったようでわからない一家だ。ただ彼らはなにも秘密にはしていない。ドメーヌのホームページはとても充実し
ていて、あらゆる情報が公開されている。あとは好みで決めればいい。日本でも、ジャクソン家のワインは手に入る。ブルゴーニュワインを飲み慣れている人ほどうならせる完成度だと感じる。
ちなみにブルゴーニュワインの初心者の筆者の好みはアリゴテだ。AOCの関係上、ブルゴーニュ・アリゴテとしか名のれないリュリィ産のものと、アリゴテで唯一AOCを名乗れる、ブーズロン産のものとを試飲させてもらったけれど、ブーズロンのほうは、「金のアリゴテ」と呼ばれる、実に美しい金色の液体。アロマティックだし、レモンのような黄色い果実の味だ。対するリュリィ産のブルゴーニュ・アリゴテは「緑のアリゴテ」。酸がピンとして、青リンゴのようなフレーバーがあり、けれども暖かみも感じる。この2本で、コース料理を食べたい!