情熱のトヨタリアンの祖父はワインメイカー
ヤルノ・トゥルーリはイタリア中部のアブルッツォ州ペスカーラ出身の元レーシング・ドライバーで、1997年から2012年の初めまで15年間、F1で戦った。2004年にルノーを駆ってモナコ・グランプリを制し、2004年の終盤からトヨタに移籍、2009年シーズンの終了までステアリングを握った。予選での速さは折り紙つきで、「情熱のトヨタリアン」とF1のテレビ中継で紹介されていたことをご記憶の方も多いのではないだろうか。
そのトゥルーリが彼のふるさと、アブルッツォ州ペスカーラ県アランノにあるワイナリー「カストラーニ」を購入したのは1999年のこと。彼の祖父はワインメイカーで、子どもの頃、彼はその姿を見ていた。一時、ファミリーでワインをつくっていたこともあるらしい。「ワインづくりは家族の情熱で、自分はその血をひいている」。トゥルーリは会の冒頭、立ち上がってそう語った。以来、およそ20年、若いチームとともにワインづくりに取り組んできて、いいワインがつくれるようになった。そこで全世界への輸出を始めたのだという。
アブルッツォ州のワインというと、白はトレッビアーノ・ダブルッツォ、赤はモンテプルチャーノ・ダブルッツォ、ふたつのDOCが有名で、ペアリング・ディナーはこのDOCに従った白から始まった。ここからはワインメーカーのアンジェロ・モリザーニ(Angelo Molisani)さんが主役だ。
白には「カデット」と「アモリーノ」の2種類があって、濃淡の違いはあるけれど、どちらも麦わら色でフルーティでミネラルが感じられて、スパイスのヒントがあってボリュームがあり、適度な酸味とミネラルのバランスが素晴らしい。
「アモリーノ」の方がよりフルーティでトロピカル、より酸味があって、よりパワフル。このふたつは基本的に同じブドウで、同じつくり方だけれど、でも畑が異なる、とアンジェロさん。
同じつくり方といっても、「アモリーノ」は栽培方法からして、アブルッツォ伝統のテンドーネ(棚仕立て)と垣根式の両方を試みていたり、収穫時期を若干遅くしたり、コンクリートタンク内で発酵後、澱とともに4~5カ月熟成したりして、より手間ヒマがかかっている。2品めの皿のサラミの脂に「アモリーノ」の酸味はピッタリである。
アンジェロとアモリーノ
白の次は赤で、こちらは料理に合わせて4種類用意されていた。
カストラーニを代表する赤ワインたるモンテプルチャーノ・ダブルッツォにも「カデット」と「アモリーノ」がある。
赤のカデットはカストラーニのベストセラーで、ワイナリーを知ってもらう大使の役割を果たしている。この夜のそれは2014年。エントリーレベルでも、「真の美味しさは熟成を経て出てくると信じている」とアンジェロさん。コンクリートタンクで発酵し、マセレーション後、そのまま12カ月熟成し、ワインの呼吸を整えるために古樽で短期間熟成してからボトリングする。深い赤ルビー色に、ベリー系のフルーツ、すみれの花、乾いたタバコの香り。しっかりした酸味にスパイスが混じり、喉を潤す。3品めのエビのソースのパスタにピッタリ合う。
白同様、ワイン畑の位置とブドウの質が異なるのが「アモリーノ」の赤で、こちらは「カデット」よりスパイシーで、余韻がより長く続く。赤の「アモリーノ」、あるいは次の「ポデーレ カストラーニ」のイタリア『ガンベロ・ロッソ』のワイン格付けの最高点である「トレ・ビッキエーリ」を常連である、と誇らしげにアンジェロさんはいった。
さらにアンジェロさんによると、余韻にダークチョコのニュアンスが感じられることを何より大事にしている。タンニンがシルキーで、喉が乾くのではなくて潤すワイン。4品めの料理の「ゴルゴンゾーラチーズと自家製ソーセージのリゾット」にこれまたピッタリだった。
なお、「アモリーノ」とは日本語だと「智天使」のことで、意中の女性の父親と、ミサのときにこの天使のお守りを身につけていると、お話がうまく進む、というような言い伝えがあって、ワイナリーのある地域では、それがどういうカタチをしているのか不明ながら、プロポーズのギフトとして、いまもあるとアンジェロさんはいった。
Angeloとはエンジェルを表す男性名で、だから、イタリア人にとってはものすごくウケるであろう小ネタであるに違いない。
「ヤルノ ロッソ」はアブルッツォのアマローネ
次の魚料理とともにグラスに注がれたのが「ポデーレ カストラーニ モンテプルチャーノ・ダブルッツォDOC」。樹齢45年のブドウを使っているのが最大の特徴で、カストラーニとしてボトリングした初めてのボトルのラベルをそのまま使っている。クラシックなモンテプルチャーノで、色は紫がかかった深いルビー色、スパイシーで、フルーティ。ブラックベリーやプラム、ミネラルをよく感じる。バニラのニュアンスもあって、ボリュームがあるのにスムーズで柔らかい。酸味はおさえめで、余韻は長い。「熟成のポテンシャルは高く、2010年なのに酸味を残している」とアンジェロさん。
ここにいたって、記者はようやく、これは元F1ドライバーの引退後のヒマつぶしではないことに気がついた。彼のワインづくりへの情熱、トゥルーリ・ファミリーに流れるパッションはホンモノで、冒頭「いいワインがつくれるようになった」とトゥルーリさんがサラリといった言葉は、じつに正確な表現だったのだ。
最後の肉料理「仔羊モモ肉のロースト香草焼き ジャガイモのケーキ添え」とのペアリングで登場したのが、「ヤルノ ロッソ コッリーネ ペスカレージ IGT」である。元F1ドライバーの名前が名付けられたこれは、ヤルノ・トゥルーリがヴェネト州のアマローネが好きだということで、アブルッツォでもできないか、と陰干し用の倉庫をつくって生まれた。
本日のハイライトが、格付け的にはDOC(統制原産地呼称ワイン)の下となるIGT(地域特性表示ワイン)なのは、モンテプルチャーノ・ダブルッツォDOCの枠を個性的なワインをつくりたいという彼らの情熱が越えてしまったからなのだった。
「ヤルノ ロッソ」はそういうわけなので、第一印象として干しブドウ由来の甘みが一目瞭然。いや、見ただけではわかりませんけれど、口に含めば、誰でもわかる。アルコール度数は16%と、ひときわ高い。ドライフラワーやドライフルーツのような香りもまた干しブドウに由来する。パワフルだけれど、柔らかい。ブルーベリーやラズベリー、適度な酸味があって、スムーズな口当たりで、ダークチョコレートのニュアンスもちょっとある。今回はラム肉とのペアリングだけれど、ズバリ、ダークチョコレートともピッタンコである、という内容のことをアンジェロさんは語った。
帰りがけ、F1モナコ・グランプリのウィナーに、「いまなにに乗っているんですか?」と質問した。「フツウのクルマだよ」という答が返ってきたので、「トヨタ?」と再びたずねた。答は、「フォルクスワーゲン。トヨタも持っているけれどね」。
「情熱のトヨタリアン」は「情熱のワインプロデューサー」に転身したのだった。
最後に、「リストランテ ステファノ 神楽坂」のオウナー・シェフのステファノ・ファストロさんを紹介しておきましょう。カストラーニのワインそれぞれの個性に合わせて、繊細でスペシャルな料理を用意。おいしゅうございました。
リストランテ ステファノ 神楽坂 tel.03-5228-7515 www.stefano-jp.com