思い出深い一品はファジョッリ
大学で日本語を学び、22年前に来日したアレッサンドロ・ボレッリさん。現在はイタリア製家具を扱う会社の代表取締役社長を務める。
「僕はヴェネト出身だけど、両親はトスカーナ生まれ。母はフィレンツェで、父はもっと田舎の方。両方の州の美味しいものを食べて育ったことはとてもラッキーだと思うけれど、やっぱり懐かしい故郷の味といったら、マンマのトスカーナ料理!」
たっぷりのミートソースを使ったラザニアやクロスティーニは日本人にも親しまれている。
「クロスティーニにはレバーのパテを塗って……もうこれ、懐かしくって涙が出ちゃう味だよ(笑)。トスカーナは肉料理っていうイメージが強いけれど、実は地域によって違う。内陸部のフィレンツェやシエナはそうなんだけど、ティレニア海沿いのラツィオに近いエリアは魚料理。この辺だと白ワインが美味しい。港町リヴォルノの名物料理といえば、カチュッコ(魚のスープ)が有名だね」
もちろんボレッリさんにとってマンマの味が最高。数あるメニューの中からどれが一番なんて挙げられないのは当たり前だが、もっとも思い出深い一品はファジョッリ(豆)の煮込みだったという。
「学生時代、たいてい土曜日は友人たちと料理を一品ずつ持ち寄って食事会をしていたんだ。その時、各自お母さんの一番得意なものを持ってくるんだけど、僕が『何がいい?』って聞くと、全員が『ファジョッリ!』って即答。うちの母が作るものは、友人たちからも一目置かれるくらい旨い。豆をガーリックやセージ、トマトなどで煮込む、本当にシンプルで難しくない素朴な料理なんだけど、あの味は母しか出せない。皆が食べて喜ぶのを見て、本当に誇らしかったね(笑)」
子供のころから、両親とともにするテーブルにはサンジョヴェーゼのワインがあった。
「まだお酒が飲めない幼いころから、この香りとともに食事をしていたからサンジョヴェーゼが世界一だと思っている。今だってこれがなくちゃ始まらない! 決して高価なものである必要はない。今は日本のワインショップでも気軽に手に入れられるので、家に常備しているよ」
現在日本で暮らすボレッリさんが郷土の味を求めて通うのは渋谷の「マンマ ルイザズ テーブル」。店主のアンドロゾーニ・ピエトロさんとは日本で出会った。
手打ちパスタとイチオシの白ワイン
「彼はもともとレストランのパティシエとして来日したんだよ。その頃からの長い付き合いで、いやぁお互い若かったね」
「そうそう、それにもっとスリムだったよ」
「まぁ、ちょっと変わっただけだよ(笑)」
店名のルイザはアンドロゾーニさんの母の名前で、店内にも彼女の写真が飾ってある。
「私が長く務めていたのは高級レストランだったけど、もっとリラックスして料理を味わってほしいと思って、この店を作ったんです」
出身は、トスカーナ州のフィレンツェ。互いの波長が合うのは、彼がボレッリさんの母親と同郷ということも大きいようだ。店の軸となるのは当然マンマの味。豆の薄皮をせっせと剥きながらアンドロゾーニさんは話す。
「これ、トスカーナのおばちゃんスタイルね(笑)。剥いた皮も捨てないよ。オーブンで焼いてカリカリにして、トッピングに使う。それは私が考えた方法だけど、食材を無駄にしないのが家庭料理、マンマの知恵だからね」
「パスタからデザートまで、オリジナリティがあって……彼は本当に何でもできる。さて、お腹が空いちゃったんだけどパスタを頼みたいね!」
そこで登場したのは、リコリスを練り込んだ手打ちパスタとアンドロゾーニさんイチオシの白ワイン。
「リコリスを使うのは彼のオリジナル。イタリア人はリコリスが大好きなんだけど、ちょっと薬みたいな匂いがするから日本人は苦手な人もいるかな? マンマの味で育った者同士、ベースを共有できていから、彼の料理は僕の生活必需品。あと、この店で食べるリボッリータ(野菜のスープ)! 懐かしいね、家庭では余った野菜をたっぷり入れて、黒キャベツを使うのが特徴。日本ではなかなか売っていないけれど。トスカーナって野菜料理だっていろいろあるんだよ」
最後に、イタリア流のワインの楽しみ方をボレッリさんに聞いてみた。
「ワインは酔うためのものじゃなくて、食事の一部。主役は料理だからね。飲みに行こう! っていう誘い文句はない。それに、イタリア人が集まったら、たとえ食事中であっても必ず美味しいものの話で盛り上がっている(笑)。ただ、料理へのパッションは日本人ととても近いものを感じるんだ。刺身とカルパッチョだって、似ているよね? イタリアは気候が多様なうえ、土着品種の豊富さが魅力。だからワインを選ぶのが難しいって? それなら簡単、地方の郷土料理にその土地のワインを合わせればいい。マンマの食卓にいつもサンジョヴェーゼがあったようにね!」