せっかく好きになったので
ワインとのかかわりを「まだ1年生」という可南子さん。では、「お気に入りのワインとはまだ出会ってないですね?」と聞くと
「ブルゴーニュのヴォーヌ・ロマネですかねぇ」
1年生で!? さすがお嬢さまです。
「たまたまいただく機会があっただけです。まだ舌がおこちゃまなので、赤ワインは渋いとか苦いとか、そんな表現しかできないレベル(苦笑)。せっかく好きになったから、ワインのことを真剣に勉強したいので、いろいろ教えていただきたいです!」
ということなので、今回は可南子さんがまだ飲んだことないという南半球ワインを初体験していただくことにしました。
南アフリカとアルゼンチン
まずは白。南アフリカワインの歴史を支えてきた、まさに「ミスター南アフリカ」ともいえるブランド、KWV(ケイ・ダブリュー・ヴィ)。その伝統と魅力を伝えるスタンダード・ワイン、「クラシック・コレクション」のシュナン・ブランから。
「飲みやすい! あ、単純な感想ですいません」
初体験で、「透明がかった淡い麦わら色。カリンとメロンのニュアンスのある香り。口に含むとライムを想わせるような微かな酸味を豊富な果実味が優しく包みこんでいます」とか言われたら、某サイトの丸写しです。南アフリカのシュナン・ブランの特徴はフレッシュで繊細。そして爽やかな果実味と白い花の香りです。
「確かにいろいろなフルーツの香りや味がする。こうやって要素を探しながら飲んだことがなかったのですが、面白いです」
どのような場面で味わいたいですか?
「晴れた休日の午後、外で気持ち良い風を感じながら。そこでシーフードを……」
素晴らしい。こちらのワインが生まれた場所は喜望峰、ケープタウンを望むエリアで海風を近くに感じられる場所。ワインを通じて、可南子さんとかの地が繋がったかのようです!
では南アから大西洋を西へ進んで南米・アルゼンチンへ。
代表する白ブドウ品種はトロンテス。生まれた場所はアンデス山脈の麓メンドーサ。麓といっても標高は高いのでめんどーさ。1700mという高地でワイン造りに挑むミシェル・トリノの「クマ”オーガニック”シリーズ」をテイスティングしてみてください。
「うわぁ、香りがフルーティ。でも、飲むと甘いわけではなく、華やかですね。飲み比べると違いがよくわかります。先ほどのワインと比べると、こちら少しおしゃれなイタリアンのお店。オイルベースのパスタが浮かびます」
むむっ、鋭い。実はアルゼンチンはイタリア移民が多い。19世紀後半からフロンティアを求め、多くの人が出稼ぎに行った。『母を訪ねて三千里』のマルコのお母さんもそのひとりです。ミシェル・トリノのワイン造りもこの時代、1892年に始まりました。
「そうなんですね! 背景がわかるとワインってとても面白い」
父の名は
ここで筆者が密かに考えた今回のキーワードを披露すると、それは「冒険」です。喜望峰を回ってアジア航路へ乗り出した冒険家たちが感じていた大航海時代の風、ケープタウンの活気。そして現在、南アフリカワインの発展と品質の向上につとめてきたKWV(南アフリカ・ブドウ栽培組合)の歩みもまた冒険だった。
一方、大航海時代に世界を変えたもうひとつの航路、マゼラン海峡の国・アルゼンチン。理想のワイン造りの環境を求めて、はるかアンデスの麓まで欧州からやってきた移民たち。こうした冒険のエッセンスを、女優・タレントとして新たな世界に乗り出そうという田原可南子さんの今と重ねてみたいと思ったのです。
そういえば、芸能界にデビューすることや、隠していた田原俊彦さんの娘であることの公表は、可南子さんにとって冒険だったのだろうか?
「いえ、この業界に入ったのも妹に引っ張られてなんとなくでしたし、父の名前を公表することも自然な流れでした。ナチュラルに生きてきたんだと思います。でも、今、すごく冒険したい。役でいえば、今まではいい子のイメージばかりでしたけど腹黒い人間を演じてみたい。いろいろな経験をしながら幅を広げていきたいんです」
ワインを勉強したくなったのも、自分の世界を広げたい、「冒険したい」という気持ちと無関係ではないだろう。可南子の冒険。今まではテキストを1ページずつ進めていたそうですが、怖くありません。岩瀬がついております。いろいろな世界に旅立ってみよう。
ピノ・タージュのおじさまと少し若いおじさま
テイスティングの続き。赤にいきましょう。南アフリカ代表は同じくKWVの「クラシック・コレクション」から、品種は「南アといえば、これ!」のピノ・タージュ。そして近代的ワイナリーを代表する「レオパーズ・リープ」のピノ・タージュとシラーズのブレンドという2種を用意した。
「どちらも大人の感じ。私が思っている苦みや渋みも同時に飲み比べるとその違いがわかります。ピノ・タージュ単独の方が、スーツの似合うダンディなおじさまで、ブレンドは少し若くてやさしい感じ。そういう感覚でいいんだろうか(照れ笑い)」
もちろん! 後者は2000年に創立されたまだ若いワイナリー。可南子さんにその若さが伝わったのだろうか。もしそうだとすれば、おそるべし……。
冒険、もっとしたい!
実はピノ・タージュは栽培されはじめた当時、不評で退場寸前だった。このブドウの可能性を信じて栽培をし続けた人々の意地と努力で、国際的な品種として愛されている現在がある。可能性を信じて続けていくこと。この大切さをナビゲーター岩瀬は伝えたい。
アルゼンチンからは、この地を代表するブドウ品種マルベックの2種類。まず白と同じ「クマ”オーガニック”シリーズ」から。
「香りのイメージだともっとガツンと来るかと思ったんですが、十分な苦みを感じながらも重くないですね。チョコレートの感じもありますか? これはきれいめな大人という感じです」
う〜む。筋がいい。アンデスの美しい白銀。そこから吹く涼風、流れる静謐な水。苦みや渋みはあっても爽やかできれいな仕上がりはテロワールのなせるわざです。続いてはもうひとつのマルベック「プリヴァーダ ボデガ・ノートン」。
「なんだろう……葉巻に似合うダンディさというか。苦さはあるんですけどどこか優しい。後味はとてもやわらかで、あれ? 飲みやすい!」
そう、このワインの特徴は複雑味でスモーキーな出会いから、リッチな質感とボディ、そこから長いやわらかな余韻がある。可南子さん、ワイン1年生ながら、素直な感性をお持ちであることは間違いありません。
「今までオールドワールドにとどまっていたのは、好きというよりも初心者だから順番に覚えていかなきゃ、という気持ちがあったんだと思います。でも……新世界への冒険、もっとしたいです」
ワインナビゲーター岩瀬におまかせください。冒険に踏み出すときは、そう、南半球ワインを!
南アフリカ
新世界の伝統国は眠れる時代から国際的な高評価へ
南アフリカにおけるワイン造りの歴史は古く、1659年、東インド会社ケープタウン総領事の日誌には初出荷の様子が綴られている。当時は自国での消費よりも航海用に作られていたという。ワイン造りという点においては、いわゆるニューワールドと呼ばれる国々の中でもかなり長い歴史を歩んでいる。その後19世紀に発展するが、国際政治の波にもまれるなどの逆風もあり、再び輸出が増え、国際的な評価を得るのはアパルトヘイト撤廃後の1990年代から。
主な産地は、喜望峰、ケープタウンなどがある最南端地域の西ケープ州。大西洋岸からインド洋沿いに広がり、中心地は大西洋岸のコースタル・リージョン。可南子さんがテイスティングしたKWVの本拠地パールやレオパーズ・リープがあるフランシュホーク、世界的に名をはせるステレンボッシュなどの産地がある。
いずれも緑深い山々、水はけのよい土地と適度な湿気。さらにワイン産地のほとんどが世界自然遺産内にあり、自然の美しさも特徴。
主なブドウ品種は、白ワインではシュナン・ブラン、コロンバール、ソーヴィニヨン・ブラン、シャルドネ。赤ワインではカベルネ・ソーヴィニヨン、シラーズ、南アフリカのワイン関係者の英知と意地から生まれたピノ・タージュなど。
アルゼンチン
欧州の優美とアンデスの恵みから生まれる朗らかな上質
世界5位の年間ワイン生産量を有する大国も、国内での消費も多く、輸出に力を入れ始めたのは近年のこと。世界的なワインコンサルタントや各国の名門ワイナリーと品質の良いワイン造りをしていた国内ワイナリーとのジョイントも盛んに行われている。
生産地域は全土に広がるが、大多数のワインを生み出す中心的な産地は、大西洋岸の首都ブエノスアイレスから直線距離で約1000km、アンデス沿いに南北に広がる地域。その70%以上がメンドーサを中心とする中央西部エリア。ここでは世界標準をはるかに超える標高900m〜1800mでワイン造りが行われている。
メリットはなんといってもアンデス山脈の恵み。海からの影響を全く受けないため乾燥地域となるところをアンデスの万年雪、銀嶺からの風、豊富な水により適度な湿度がある。この適度な湿度は日照量の多い夏、寒い冬との温度変化を安定させ、さらに健康的なブドウ育成にも寄与する。
主なブドウ品種は、白ワインでは、トロンテス、シャルドネ、赤ワインでは、アルゼンチンを代表するマルベックの他、ボナルダも人気。カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、シラーなど多彩だが、近年注目されているのはカベルネ・フランだ。