第3フライト:シラーズ
Shobbrook ‘Poolside’ Barossa Valley Shiraz 2017
ショブロック「プールサイド」バロッサバレー シラーズ 2017
マイク「次は、シラーズの対比です。ここでも心を開いて対応していただきたいと思います。この2つのシラーズはバロッサバレーのシラーズの可能性をまったく違う方向性から示しています。二つともバッロッサバレーの若い作り手です。そこで、バロッサバレーの伝統、バロッサバレーのシラーズの本当の個性とは何でしょう? 多くの人がオーストラリアワインと聞いた時に、まずバロッサシラーズを思い浮かべるのではないでしょうか。
シラーズそのものはオーストラリア固有ではないですが、バロッサシラーズというと、非常にオーストラリアワインを象徴するワインのスタイルになります。天使のような時代もありましたし、悪魔のような時代もありました。オーストラリアが温暖で、非常にフレンドリーなワインをつくる国だと世界に示した地域であり、スタイルです。
ですが、時に消費者を疲れさせてしまうようなワインでもありました。オーストラリアの文化、例えば食文化は多様性に満ちています。プールサイドに座って、足をプールに浸しながら、エビなんか食べている時に、アルコール度数が15度もあるバロッサシラーズというのはちょっとイメージしにくい。冬の間でも、気温25度ぐらいの時にビーチサイドで、バロッサシラーズを飲もうなんて私は発想しません。
なんですけれども、バロッサバレーにどんな可能性が秘められているのかを考えることは非常に重要です。そういった発想のもとで、面白い、まったく違ったバロッサのシラーズをセレクトしました。最初のグラスは、見た目からして、本当にバロッサシラーズなのか。私、覚えているのですが、トム・ショブルックのもとに日本のソムリエさんがやって来て、トムがそのソムリエさんに渡したんです。そのソムリエさん、笑っているので、冗談をいっているのかと思って丁寧に話しかけたそうです。
その時にトムはバロッサのシラーズでもアルコールを11度にすることもできると説明しました。以前のバロッサバレーはパワフルで、アルコールが高くて凝縮度が高いシラーズで知られていた。でも、それよりずっと前に遡ると、実は皆様のお手元のグラスにあるようなワインをつくっていたのです。こういったワインは若いうちに、すぐ飲むように瓶詰めされます。実際このワインは収穫から4週間後にリリースされたものです。ということは、夏に消費するためのバロッサシラーズです。
これはロゼではありません。シンプルに、軽やかなスタイルの赤ワインです。
トム・ショブルックは、おそらくオーストラリアで最もよく知られたナチュラルワインの生産者です。まったく非介入主義でつくっていて、“プールサイド”という名前がついているんですけれども、ジュラの“プールサール”に誘発された名前です。どうでしょう、グラスの中に共通点は見られるでしょうか」
Standish ‘The Schubert Theorem’ Barossa Valley Shiraz 2015
スタンディッシュ「シューベルト・テオラム」バロッサバレー シラーズ 2015
マイク「続いてのシラーズも若い世代のワインです。でも伝統的なアプローチの作り手です。ダン・スタンディッシュはバロッサの様々なつくり手の下で修行したワインメーカーです。非常に風味豊かなワインですが、軽やかさを失っていない。現在オーストラリアでは非介入主義的ワインづくりがどんどん重要性を増している。それがブドウと畑を純粋に表現すると考えているのです。このワインの好きなところは、深みのある味わい、しっかりとしたストラクチャーがありつつも非常にフレッシュさを持っている、新鮮な果実味が感じられるところが大好きです。では、ケンに」
山本昭彦氏のコメント
大橋「今回マイクが選んでいるのはオーセンティックなバロッサバレーであるということに注目していただきたい。そこに、新しい世代のつくり手が現れてきている。それもオーストラリアの多様性の証明だろうと思います。私の前に非常に有名な山本昭彦さんもいらっしゃいますので、一言コメントをいただきたいと思います」
山本「ご指名ありがとうございます。マイクにまずお礼を。非常にファンキーなワインとトラディショナルなワイン。多分、ここにいらっしゃる方も驚いた方は多いと思うんですけど、まずショブルックは日本でもカルト的な人気を誇る自然派ということで、ある意味では、馴染みもあるかもしれないのですが、この“プールサイド”、従来のシラーズ等の概念とはまるっきり違う。レモンとか、ベリー、スイカのようなニュアンスを持っていて、味わいはまさしく塩水のようにソルティです。ミネラルのような、ある意味非常にショッキングなワインで、うれしいワインでもあるんですけれども、まずひとつ、地球の裏側の暑い産地からフランスの最も寒いジュラを見ている生産者がいるということが非常に興味深い。これ、ブラインドで飲んだら、フランスのガメとかロゼとか、あるいはジュラでつくっている伝統品種のプールサール、そういうものを連想させるニュアンスがあるので、いろんな意味で発見の多いワインだと思いました。
先ほど、ケンMWからの流れで、飲んでいて思い出した生産者がいて、バロッサバレーってオーストラリアのナパみたいなところだといわれるんですけれども、ナパにもカベルネ・フランを全房でつくっている生産者がいて、今、そういう産地のバウンダリー(境界)を広げる流れが世界中どこにもであるんだなということを改めて痛感した次第です。
それからスタンディッシュの方ですが、これ、飲んだ瞬間にトルブレックにブドウを供給していたこともあって、トルブレック的だなと思ったんですけど、やはりフレッシュさとか果実のピュアリティを全面に打ち出したワインなのかなと思いました。今回はオールドスクール、ニュースクールという区分でやっていると思うんですが、これ、ヒップホップカルチャーから連想したと読んだんですが、オールドスクールとニュースクールの距離は遠いようで、それほど遠くない、と私は思いました。私は新旧、両方楽しんだのですが、こういう動きが世界中に広がっているというのが面白い」
マイク「ありがとうございます。まさに私も世界中で同じような現象が起きていると認識しています。ナパでもバロッサでも、ワインが軽くて、アルコールもバランスが取れて、日々の食事も軽いものに変わってきている」
第4フライト:グルナッシュ
Cirillo ‘1850s Old Vine’ Barossa Valley Grenache 2012
チリッロ「1850s オールド・ヴァイン」バロッサバレー グルナッシュ 2012
マイク「続いてグルナッシュに進んでいきたい。これはオーストラリアにとって最も重要な品種だと私はいっていいと思います。グルナッシュで重要なつくり手といいますと、家族経営で6代続いているウィルスミス・ファミリーが挙げられます。よくオーナーのロバート・ヒル・スミス(Yalumbaのオーナー)が、私たちオーストラリア人にとってグルナッシュというのは、ブルゴーニュのピノ・ノワールと一緒だよといってます。もちろん、ロバート・ヒル・スミスはブルゴーニュのピノ・ノワールとグルナッシュとは違うものだということを理解していますが、オーストラリアにロマネ・コンティを輸入している人でもある。
彼がいわんとすることは、オーストラリアでグルナッシュが素晴らしい出来になったら、香りが華やかでエレガンスを持っていて、ライトなワインになるということです。本日、グルナッシュのフライトで用意したのは、やはり、ニュースクールとオールドスクールです。最初のグルナッシュは、1850年から毎年ワインをつくり続けてきた古木からつくられてきたグルナッシュです。オーストラリアの中でも見逃すことのできないブドウ畑です。
今回、このバロッサにあるブドウ畑を訪れた時、私は靴を脱いでしまいました。土がビーチの砂のようにサラサラだったからです。この砂浜のような土壌の畑は、彼ら家族によって何世代も受け継がれてきたものです。彼らのようにイタリアからの移民はオーストラリアにイタリア文化をもたらしています。まるでイタリアの伝統的なワインづくりをそのまま、オーストラリアに伝えました。すべて、この農場の中でつくられていることがグラスから感じられます。豚を育てていて、その豚からプロシュートをつくっています。ヤギも飼っています。イタリアから持ってきた文化がこのグラスの中に入っているのです」
Adelina Estate Clare Valley Grenache 2016
アデリーナ・エステート クレアバレー グルナッシュ 2016
マイク「2つめのワインはアデリーナです。オーストラリアで最もインテリジェントなワインメーカー、コリン・マックブライトによってつくられたものです。コリンはワイン微生物学の博士号を持っている。だけど、身体中タトゥーだらけです。彼はヨーロッパのワインを飲んだ経験を持った上でオーストラリアでワインをつくっていて、グルナッシュの中に繊細さ、香りの華やかさ、エレガンス、フィネスを求めています。こちらのグルナッシュも80年という歴史があります。オーストラリアにとってグルナッシュは非常に重要な品種なんです。
ケンはどう思いますか?」
大橋「はい。グルナッシュは、皆さん馴染みやすいところで、フランスの南のコルシカ島はグルナッシュ王国ですね。南ヨーロッパでは非常に作られている品種ですが、まさにオーストラリアのシンボルのようなブドウ品種といえます。今日マイクが選んだワイン、最初のはラベルに“オールド・ヴァイン”と書いてある。150年を超える、オーストラリアにはこう言った古木の畑があるということも、フランスワイン好きの方やイタリアワイン好きの方は知られていないところなので、こういったことも十分に知っていただきたいと思います。
ここで皆さんに、じっくりと考えていただきたいのは、古い樹齢のブドウの木があっても、正しい醸造方法がないと、しょーもないワインになることがある、ということです。その最初の収穫から素晴らしいワインをつくり出す人もいるので、オールドだから絶対にいいという人はいないけれども、オールドがあるということは非常に重要なことだと思います。年数を重ねないとつくれないことなので。
また、オーストラリアはブドウの木だけじゃなくて、土壌もオールドです。6億年前からの土壌でつくっている、なんていうワインもあるわけで、こういう歴史のすごさをデモンストレーションするだけでなくて、非常に正しいハンドリングによって美しいワインに仕上げてくる。これもオーストラリアワインの実力のひとつだと思います」
マイク「非常に洞察に富んだコメントありがとうございます」
第5フライト:マルベック
Wendouree Clare Valley Malbec 2015
ウェンドリー クレアバレー マルベック 2015
マイク「最後のフライトは、少し変化球で終わりたいと思います。マルベックです。なかなかマルベックとオーストラリアとは繋がらない。何といってもアルゼンチンのフィールドですし、ケンがどうしても使いたいということで私が説得されました。この部屋の中で、ウェンドリーについてご存知かわかりませんが、オーストラリアの中でもカルトワインとして名前が挙がる生産者ではないでしょうか。彼らは輸出もしていないし、ウェブも、携帯も、emailも持っていない。コンタクトを取るには手紙を自筆で描くしかない。もしかしたらファックスぐらいはあるかもしれない。現代的なテクノロジーとは無縁の人です。
このワインヤードはそこにいるだけで歴史を感じる場所です。非常に重要なストーリーを持っている生産者です。ウェンドリーのワインをテイスティングするというのは、産地ではなくて、ウェンドリーのワインということが特徴的な、素晴らしいワインで、30~40年の熟成に耐えます」
Koerner ‘Classico’ Clare Valley Cabernet Malbec 2016
コーナー「クラシコ」クレアバレー カベルネ マベリック 2016
マイク「次のワインは、代々ワインをつくってきたファミリーの新しい世代によってつくられたブランドです。カベルネ・ソーヴィニヨンがほとんどを占めるんですが、表現したかったのはまったく違った両極端なスタイルのワインということです。たとえば、レゼルヴァスタイルとヌーヴォースタイルを比較してみるようなものです。オーストラリアはいかに多様性と個性を持ったワイン産地か、そういったことを最終的に伝えたい、そんなワインです。残念ながら時間が迫ってきました。最後にケンから」
大橋「ウェンドリーが舞台がのったのは非常に嬉しい事実でして、最初ワインオーストラリアに持ち込んでもまったく音沙汰がないという状態でした。そこで私がマイクに、ウェンドリーをのせないとオーストラリアの本当の実力はわかりませんよ、と。この2015年のウェンドリーはまだまだ、真価を発揮していません。
次のコーナーは、マイクが住んでいるシドニーで最も活躍しているマスター・オブ・ワインのネッド・グッドウィンMWが紹介してくれたもので、マイクもオーストラリアの代表格として選んでくれています。
後ろの方にソムリエさんで、最近ベトナム料理屋さんを始めた、大越基裕さんがいらっしゃいますので、ソムリエさんの見地からよろしくお願いします」
大越基裕ソムリエの印象
大越「ご指名ありがとうございます。大越です、よろしくお願いします。去年11月にオーストラリアに伺わせておりまして、そのときに運良くウェンドリーに訪問させていただいています。そのとき、”お前はこいつのこと知っているか?”と見せられたのが大橋さんのかなり古い名刺だった記憶があります。
ウェンドリーは本当に私自身も大好きな生産者で、またここでそのワインにであえたことも嬉しい。最近、オーストラリアに限られず、世界の料理がどんどんライトになっていて、フレッシュで、素材重視の世界になってきている中で、ワインに求められているものが変わってきていることが、世界のワインを豊富にしている理由のひとつかなと考えているんですが、オーストラリアが特にそういったバリエーションの豊富さを楽しめる国だなというのが感じています。ウェンドリーのようなクラシカルなタイプで、クールクライメットの特性がきれいに出ているものは凝縮感があって、骨格もしっかりしている。でも重くない。ということがありまして、このスタイルこそが今、私たちがお料理とのペアリングで求めているスタイルかなと。
あとはコーナーのように、より軽やかさ、生き生きさ、チャーミングさだったりとか、旨味がきれいにのってくるナチュラルなこのスタイルも、今のお料理に合う。というところで、やはり2つの側面を見て、まったく違うアプローチとはいえ、求められているスタイルだなと。それぞれに魅力があって、様々なシチュエーションで使い分けられる。そして、そういうものがどんどん出てきているのがオーストラリアの魅力なんだろうなということが今回のテイスティングで感じた次第です。どうもありがとうございました」
最後にひとつだけ
マイク「大越さん、ありがとうございます。本日のテーマをきれいにサマライズしていただきました。時間が足りなくなって恐縮です。まだまだご紹介したいワインがあります。ここでは、これからオーストラリアワインがどういう方向に進んでいこうとしているのかということをシェアできたらと思っておりました。
私は胸に手を当てて、申し上げたい。オーストラリアは、非常に多様性に満ち溢れた個性豊かで、最もエキサイティングなワイン産地です。これは何も私がオーストラリア人だからではなく、世界的なワイン市場を見た上でそう思っています。
オーストラリアのワイン生産者は、より生活のスタイルにあった、普段食べているものにあわせたワインをつくるようになっています。そのため、ブドウ畑では化学的なものを使わずに、自然な農法に取り組んでいる。その延長で、単一畑からどういう表現ができるか、について考えている。より小さなつくり手で、シングルサイトに特化した生産者は、これからオーストラリアのベンチマークになっていくでしょう。それを反映しているのは高品質で少し価格が高いかもしれません。それこそが今のオーストラリアワインなのです。本日は本当にありがとうございます。ワインオーストラリアに感謝します」
大橋「最後にひとつだけ強調させていただきたい。
今から10年以上前のオーストラリアワインというのは、半分以上がバッグインボックスのワインというイメージで日本のマーケットはそういうもので占められていましたけれど、今、イギリスのマーケットでは、実はフランス、イタリア、ドイツワインよりも、そのバッグインボックスですら、もちろん輸送コストもありますけれども、高額になっています。ということで、安いワインだけを見るのがオーストラリアワインのすべてではない。高額ワインを見るのが我われの今のトレンドになっているということです。
実際に2014年、ほんの3年前、1オーストラリアドルは95円でした。今、84円になっています。ですから、我われはより割りの高いオーストラリアワインが得られるようになっているということですね。
で、先ほど私がお話ししましたけれども、AOCに縛られている国は、いい意味でも悪い意味でも、いろんなことがあるということを認識していただきたいと思います。消費者が変わっていってもAOCは変えられない。なかなか変わらない。
でも、それによって多様性を守ることもできる。でも、オーストラリアはそこに固執することなく、消費者のニーズに合わせながら、生産者のやりたいことに合わせながら、10年前までは一元的に移りつつあったものが、今は非常に先ほどマイクがいったフリーダムの中でワインが生産されている。それだけ移り身が早いということは、我われ、ずっと追い続けて勉強し続けなければならないということを意味します。ですから、我われの勉強、私自身もそうですが、フランスに比べたらオーストラリアの勉強なんてのは著しく少なかったと思います。それが、移り身が早いからこそ、いつも注視していなければならない。それがオーストラリアワインなのではないかと思います。
最後になりますけれども、こういうところでも私はマイクと登壇した時は必ずやっているんですけれど、みなさんに協力いただいてセルフィーを撮らせていただきたいと思います。それじゃマイク、座って。皆さん行きますよ、チーズ。
みなさん、ありがとうございました」