オーストラリア版シェリーとヴァン・ジョーヌ
いよいよ最後のセットである。「919 Wines ‘Collection’ Pale Dry Apera NV(ナインワンナイン・ワインズ ‘コレクション’ペイル ドライ アペラ)NV」と「Crittenden ‘Cri de Coeur’ Mornington Peninsula Savagnin(クリテンデン‘クリ・ド・クア’ モーニングトン・ペニンシュラ・サヴァニャン) 2013」。どちらもツンとくる香りで、う〜む、これはどこかで嗅いだことがある、と思いつつ思い出せない。タンスに入れる防虫剤、ナフタリンの匂いにも似ているような……とおもっていたら、「アペラ」というのは、シェリーのオーストラリアでの名称なのだった。「シェリー」はスペインの原産地呼称で認定されているため使えない。ということで、マイクの話。
「これは私にとってすごく重要なワインです。というのは歴史と未来を感じることができるからです。オーストラリアワインはもともと酒精強化ワインに始まることは多くの方がご存知だと思います。ハンターセミヨンと同じぐらいオーストラリアを表現している。ヨーロッパのワイン文化に対するオマージュであると同時にオーストラリアワインの多様性を表している。フィノ・シェリーは好きという方は多いと思います」
1822年に最初に海外で賞を受けたオーストラリアワイン(イギリスのコンクールで銀賞だった)は、長い航海を耐えるために10%のフランスのブランディが加えられていた。酒精強化ワインは彼らにとって歴史的な快挙を遂げた、誇るべき記憶とともにあるのだ。
「919は、サウス・オーストラリアの大規模の産地にある家族経営のワイナリーです。暑い土地でチャレンジする勇気ある家族の物語です。このワインはフィノ・シェリーらしさがあるのと同時に、オーストラリアの温かい産地の寛大さが感じられます。それ以上に、単純に美味しいと思って飲んでいます(笑)」
マイクが続ける。
「ふたつ目はちょっと風変わりです。アルバリーニョという品種をあるグループが40カ所で栽培しはじめた。でも、6年ぐらいたって、これはアルバリーニョじゃない、サヴァニャンだと誰かが気づいた。多くのブドウ栽培家は怒って、30カ所の畑で抜いてしまった。でも、残った畑ではサヴァニャンとして育てていこうということになった」
で、あるオーストラリア人の若いつくり手が、ヒップでトレンディな人たちが集まって好きなワインの話をしているときにフランスのジュラ特産のサヴァニャン種からつくる「ヴァン・ジョーヌ(黄色いワイン)」のことを知り、これをオーストラリアでつくろうと思い立った。「初めて飲んだ時ギョッとした。アプローチがクリエイティブだし、新しいことをやるんだという気持ちを感じる」とマイクはちょっと興奮気味に語った。
大越の感想。
「まず、919。本当にシェリーですね。私たちが知っているフィノ・シェリーのそのまま。ソルティでドライ、ただひとつだけ違うのは、少し寛容、柔らかい。酸の出が穏やか。この穏やかさのおかげで、お料理と多様に合わせられるのではないか。本国のはもうちょっとタイトで、そのタイトさゆえにお料理を選ぶことが多い。フィノ・シェリーはもともと軽く揚げたものに塩をつけて、合わせるのがいい。スペインではたとえば、ちいさなアンチョビなんかをサクッと揚げて、パクッと食べる。こういうソフトなシェリーだと、日本の天ぷら屋でキスを頼んでも、すごく美味しいと思う。ご存知ようにキスはテクスチャーがソルトなので、味の方向性が同じ。塩気が油分を中和してもくれる。日本の天ぷらにはこういうタイプの方がずっと合わせやすいんじゃないか」
「ふたつめは、まさにジュラのヴァン・ジョーヌの味ですね。まったくそっくりです。ヘーゼルナッツ系、クミン系の香りがあって、ポジティブな酸化の雰囲気がまさにジュラのよさですが、ジュラと比べて圧倒的に違うのは酸の強さです。こちらはもっともっと酸が控えめで、柔らかくて寛容性がある。もともと酸化系のクミンというのはアジア系のスパイシーな料理と相性がいい。日本では山椒とか、タイにももちろん、アジアにはスパイシーな料理がたくさんあります。それらを全部受け入れる寛容性がある。僕もこういうワインを飲んだことがないので、ぜひスパイシーな料理と試してみたい。こちらのロングレインさんの料理と合う料理が多いと思います」
ハンターセミヨン、ピノ・ノワールの古いのと新しいの、そしてシェリーとヴァン・ジョーヌのオーストラリア版、という驚きの組み合わせでもって、“いま”のオーストラリアワインの多様性と創造性を、マイクは表現したのである。すばらしいセミナーだった。このあと、「ロングレイン」の料理を楽しむことになったわけだけれど、その前にこのモダン・タイ料理レストランのオウナーであるサム・クリスティが語ったことばも印象的だった。
「舌をオープンにしていただいて、新しい料理とワインのペアリングを楽しんでください」
固定観念に固まっていてはイカン。人生をエンジョイするにはオープンでないとね! 記者も目が醒める思いでした。