セキュリティソフトで知られる、トレンドマイクロのCEO、エバ・チェンは、親戚の結婚式でカリフォルニアを訪れ、ナパの街の北、オークノール地区にある「メドウブルック・ファーム」の英国風エステートに魅了された。この地所には、約7haのカベルネ・ソーヴィニヨンの畑があり、その果実は、押しも押されもせぬナパ・ヴァレー最高級のワインの原料として買われていた。
ほどなくして、チェン家は、この地のあらたな所有者となった。
一家は当初、単に、この土地の美しさと、家族と親しい人のための少しのワインが手に入ればいい、とおもっていた。ところが、チェン家がこの地を所有して最初の収穫のタイミングとなった2017年秋、火災がナパを襲った。
炎はメドウブルック・ファームのすぐそばまで迫った。幸いにも、エステートもブドウも無事で済んだけれど、収穫目前での大火にナパが混乱したのはご存知のとおり。メドウブルック・ファームでは、その年の果実に、買い手がつくのか否か、先行きがまったく見えなくなってしまった。
切羽詰まったタイミングで、チェン家は、ならば自分たちでワインを造ろうではないか、と立ち上がる。チェン家の長男、ピーターが、このプロジェクトを主導し、メドウブルック・ファームのブドウからワインを造ってくれる醸造家として、マサイアソン・ファミリー・ヴィンヤードのオーナー醸造家、スティーヴ・マサイアソンを頼った。というのも、スティーヴ・マサイアソンは、栽培家としてのキャリアをスタートさせたころから10年以上、メドウブルック・ファームに、携わっていたのだ。
しかし、いくら縁の深い畑からのSOSでも、自身も多忙を極めるタイミングに舞い込んだ話。他人のワインの面倒をみている余裕などない……はずが、スティーヴはこの畑を見捨てなかった。なんと、ピーターは栽培コンサルタント兼ワインメーカーとして、スティーヴ・マサイアソンをチェン家のワインブランド「カンパイワインズ」に巻き込んでしまったのだ。
こうして完成した「カンパイワインズ」最初のワインはロゼ。もちろん、ブドウはメドウブルック・ファームのカベルネ・ソーヴィニ
ヨン100%だ。ラベルに描かたのは千羽鶴と不死鳥を組み合わせたイメージで、ワインの名前は「火の鳥」という。火災から生まれたワインということもあって、米国では販売価格の80%が、カンパイワインズから火災の被害者へ寄付される。
乾杯、火の鳥、千羽鶴と日本語と日本の風習が用いられているのは、台湾出身のチェン家が代々、大の親日家のため。カンパイワインズのCEOとなった、ピーターとともに経営とコミュニケーションを担当するのも久保朱純さんという日本人だ。
日本市場にも初夏には登場する予定の「火の鳥」。WINE-WHAT!?編集部では試飲する機会を得たけれど、カベルネ・ソーヴィニヨンらしさ、飲みごたえのあるロゼだ。急な話だったためか、このワインならではの個性を発揮するところまでは至っていない印象だけれど、ゆえにバランスよく、どんなシチュエーションでも楽しめそう。
オーナーも名称も、そして誕生の経緯も、一風変わったワインブランド「カンパイワインズ」。
炎の中からうまれたワインの今後が楽しみだ。