「通訳はその言語の文化に同化する」 これは、イタリア語通訳大先輩のお言葉です。もちろんイタリア語通訳がみんな当てはまるわけではありませんが、やはり相手は「イタリア」。人と同じであることを良しとしない「イタリア人」。イタリア語の通訳は、性格も明るく人好きで個性的、ちょっと目立ってしまうところもあるかもしれません。わたしが関わってきた主なお仕事が、好きなモーダ(ファッション)やジュエリーだということもあり、そのイベントに合った装いをするのも楽しみです。
こんなエピソードがあります。数年前、イタリア人の建築家でファッションデザイナーが来日したときのことです。雑誌のインタビュー通訳のお仕事でした。3日間、1日に3誌、計9誌(ファッション、カルチャー、ライフスタイルを扱う名立たる雑誌と繊研新聞)というスケジュール。都内のとあるショールームに、デザイナー自らが手掛けたインスタレーションまでも空輸してセッティング、新作コレクションをディスプレイするという拘りよう。展示空間全体が一体となって、それはそれは素敵。
彼のデザインする服は、一点モノで、まるでオートクチュールのよう。ヴィンテージ素材を使うのが特徴で、ハードなレザーにソフトなシルクシフォンを組み合わせたり、袖の部分にロング・レザー・グローブを裁断したものをあしらったり、そのインスピレーションには驚くばかり。構築的で男性的なのに、とてもフェミニンなのです。
インタビューの内容は、当然コレクションのコンセプトやアイテム、ディテールもあるのですが、彼が一番伝えたいことは、彼自身の人生、哲学、思想、世界観だったのです。
思慮深く、ダンディで落ち着いた物腰の聡明な方。一日目が終わる頃には、彼の表現や世界を十分に感じ取れてきていますので、二日目には、すでにその感覚を共有したものとして仕事に臨むことができました。わたしに信頼を寄せてくれていることがよくわかりました。この日は、コレクションからお借りしたレザーのギャザースカートを身に着けて。通訳が実際にブランドをまとうというのは、会話も広がりますし、効果もあるかな。普通に買えるお値段ではないですし、楽しめるし、とても光栄なことでもあります。もちろん、似合えばのはなしですよ。
イタリアンジュエリーの展示会のときなどは、ブースにいても目立つように、ネックレスやペンダント、ブローチをつけることが多いです。このときも自分のテイストに合ったもの、その日のファッションに似合うものを。展示者が「こっちをつけて」と言っても「わたしはこっちがいい」と主張します。わがままな通訳ですね。
三日目、やっと最後のインタビューが終わり、デザイナーと記念撮影。「あなたが通訳で本当によかった、どうもありがとう!」のねぎらいの言葉と共に。普段は孤独な通訳稼業、仕事の達成感、はたまたグチを聞いてくれる同僚もいないのですが、こう言ってくださるだけで通訳冥利に尽きるというものです。ミラノのとっておきレストラン情報も教えてもらったり。疲れも吹っ飛びます。