私がアルザスで行ったワインイベントでも何度か登場しており、いつかちゃんと訪れたいと思っていたワイナリーだ。
TRAENHEIMへ
TREANHEIMは人口650人ほどの小さな村だ。ストラスブールから車で25分ほど。もしくはバスで近くの村までは行けるので、そこから徒歩20~30分。車がなくてもストラスブールから行けなくはない、そんな村だ。
そんな小さな村に、大規模なコオペラテイブ(共同ワイナリー)が村のはずれに1つ、そして個人ワイナリーが4つある。このうち2つのワイナリーはストラスブールのクリスマスマーケットにも出店している、自然派ワイン生産者だ。
ということで、今回はこちらの「伝統」ある「新参者」のワイナリーDomaine Fischbachさんへ行ってきた。こちらは今年から日本に輸出されているワインで、若い当主のJeanさんが一人で仕切って自然派ワイン生産をしている。
元々お会いしたのは2019年の夏。自然派ワインのイベントで、彼は始めて生産したワインをプロモーションしていた。
一度手放したワイナリーを改めて再始動させた、と言う話はその時も聞いていたのだが、それから1年、やっとワイナリーに行くことができ、いろいろお話も聞け、とても素敵な時間を過ごさせてもらった。
ワイナリーはさすが伝統あるお家らしく、アルザス風のコロンバージュと言われる木組みの可愛い家だった。
自然派ワインと聞くと、ある意味昔ながらのワイン生産を想像される方もいるが、決して熟成が木樽に限っているというわけでもなく、逆にステンレスでの熟成をしているという方もいる。
元々歴史あるワイナリーなのだが、諸事情で他の人の手に渡りそうになったところを現在の当主、Jeanさんが跡を継いだ。Jeanさんが跡を継いだ時は、この場所も汚れていて、最初の仕事は大掃除だったそうだ。
ワインの種類によっては木樽で熟成させるものもあるそうで、数個の木樽も置いてあった。
こちらがテイステイングルーム。団体も受け入れ可能な大きさだ。
波乱万丈な後継ぎ問題の中、一人で頑張る自然派ワイン生産者
実はこちらは1584年から続く歴史あるワイナリー…だったのだが、Jeanさんが引き継ぎ、彼の代からまた新たにワイン生産を始め、たった一人で新しく自然派ワイン生産をしている「歴史ある」「新参者」のワイナリーだ。
先祖代々続いたこのワイナリーは、2012年に一度生産を辞め、一時は畑も全て人の手に渡っていたのだが、2017年から新たに1から始め、現在のラベルで自然派ワインの生産に移行した、本当に「新しい」ワイナリーでもある。
元々、母方の家族が経営するワイナリーだったのだが、諸事情で手放すということになったそうだ。詳しく聞くと、以前はJeanさんも親戚、家族と一緒に伝統的なワインを生産していたのだが、いろいろとあったようで、一度オーストラリアに移住していたそうだ。
改めて自分がいたこの家が人の手に渡ってしまうこと、そして先祖代々受け継いできたワイナリーが無くなるかもしれないという事を知った時に心痛め、跡を継ぐことを決め、アルザスに戻り、一から一人で新しいワイン生産を始めたそうだ。
そんなゴタゴタがあったこともあり、今は親戚家族と一緒に仕事はしていない。
「親戚、家族、とは仕事を一緒にするのは本当に大変だから」と今はたった一人で4ヘクタールの畑から15000~18000本のワイン生産をしているそうだ(家族として、親戚としては、今も仲良くしているそう) 。
現在32歳だというJeanさんは(しっかりしているし、もっと上かと思っていたのだが)、29歳の時に歴史あるワイナリーを、一から一人で始めたということになるが、想像するだけで大変だっただろうと思う。
以前は一般的な伝統的ワイン生産で、グランクリュもかなり安価での販売をしていた昔ながらのワイナリーだったそうなのだが、先ず畑をビオにし、自然派ワイン生産に移行したそうだ。畑自体はJeanさんが引き継いでからビオなのだが、ビオ認定は3年かかるので、2017年からワイン生産が開始されていることもあり、ビオ認定は2020年のヴィンテージからになる。
そんな彼のワインは、既に日本に3000本ほど輸入されているという。数はまだまだ少ないが、最近日本でも見かけるようになってきた。新しいが、注目度の高いアルザスの自然派ワイナリーだ。頑張りやひたむきさ、良いものを作りたいという想いがちゃんとワインに表れている。優しくて、良い意味でのいわゆる自然派ワインの味がする。
Jeanさんの自然派ワイン
こちらがJeanさんのワイン。ワインによって、ラベルも異なるが、最初の年は100%自然派ではなく、多少亜硫酸が入っているそうで、純自然派でないワインは白ラベル、そして自然派ワインは黒ベースで、ビビットな色のモチーフが書かれている。左手2本はこの村のワイナリーで共同に生産しているTRAENHEIMのワインだ。
黒いラベルで、ちょっとおもしろいネーミングの自然派ワインは、Jeanさんのお人柄を表しているように思う。男性的で若者らしい、そんなイメージかと思う。
先ずはこちら、クレマンダルザス。
品種は60%シャルドネ、40%オクセロワ。まだ最初の頃の生産だったため、ぶどうは他のオーガニックの畑から買って生産したものだそう。シャルドネの比率が高く、正にアルザスのシャンパン、とも言える味。2022年からはオクセロワ100%になるそうだ。
そして、こちら、アッサンブラージュの【アルザス】。海外なら絶対売れやすそうなネーミングだ。80%シルヴァネール、20%シャスラ。私は名前もそうだし、コスパの良さを考えてもこのワインが結構好きなのだが、こちらも100%自然派でないこともあり、2017年限定のワインとなってしまう。日本のインポーターさんが自然派ワインのインポーターさんなので、こちらは日本には入っていないようだ。
そして、こちらがアルザスと同じアッサンブラージュの2018年ものの自然派ワイン。
2017年に比べると、自然派ワインらしい味わいで、レモン系の酸味が強い。2017年よりももっと、完熟した風味。シルヴァネールは60年以上の畑のものなので、味がしっかりしている。
こちらはオクセロワ。こちらも生産最初の年だったので、完全な自然派ワインではない、亜硫酸が少し入っている。軽めでフルーテイに仕上がっていて飲みやすいワインだ。
そして、こちらがその翌年のオクセロワ、自然派ワインだ。この2種の飲み比べも面白い。名前の【ETHNIK】は【エスニック】からきている。
実はよく見るとこの黒いラベルにアボリジニーのシンボルが書かれている。このあたりは彼のオーストラリアでの体験が生かされている。ラベルにはワイナリーさんの個性が出ているので、最近はこうしたポップなラベルも多く見かけるようになった。
こちらは自然派ピノグリ。キャラメル、バターのような味もほのかに感じるワイン。
そして、ミュスカ。私はここのミュスカが好きだ。
50%マセラシオン。ミュスカの特徴である香りもまさにぶどうそのものを感じさせるようにフルーテイだが、口に含んだ瞬間もふわっとフルーティさが広がる。けれど味は辛口で後味がスッキリしている。
そして、やはりグランクリュ、Altenberg de Bergbieten。
土壌構成は泥灰、石灰、石膏。石膏土特有のスモーキーなミネラル感や塩味の感じられるワインを生む、そうだ。リースリング生産比率が75%と言われるだけあって、美味しいリースリングだった。
グランクリュはやっぱり格が違う。ここのワイナリーのグランクリュはお味もそうだが、コスパ的にもお勧めだ。
TRAENHEIMはこの村のワインとも言える。TRAENHEIMの土壌で生産されている、全ワイナリーが同じラベルで生産しているそうだ(村の土壌規定があるが、品種など中は別)。
アルザスには14のアぺラシオン・コミュナルと呼ばれる、アルザスもしくはヴァン・ダルザスに地理的補足を持つワイン(アルザスの次に地理的名称を伴うワイン)というのがある。
Jeanさんによると、アルザスでその認証を最初に申請したのがこのTRAENHEIM村なのだが、品種規定のない混種の白ということで(恐らく)却下されてしまい、未だにこの名称をアペラシオン・コミュナルとしては名乗れない。けれど、どこの村に行っても村の名称が書かれたアルザスワインと言うのが存在し、どこの村も自分たちの村に誇りを持っていることが伺える。まずは村ありき、とも言えるが、それにしても、アルザスワインは本当に複雑だ。
こちらは同じくTRAENHEIMのワイン。ピノグリ、オクセロワ、ピノブランの3種が3分の1ずつの混種。フードルと呼ばれる木樽に14カ月熟成。「自然派(に近い)ワイン」だそうだ。多少の亜硫酸入り。やはり最初のうちはどうしても味の変化に不安があると、多少手を加えてしまうこともあり、100%自然派=全く手をかけないワインの生産は難しいこともある。
ワイン生産は慣れもあるので、2017年は多少手を加えてしまったが、2018年からは完全に自然派ワイン。恐らくこちらのTRAENHEIMは日本に未輸出かもしれない。
そしてこちらもグランクリュ、Altenberg de Bergbieten、のゲベルツトラミネール。しっとり甘口。このワインだけがここのワイナリーで唯一甘口ワインという印象だった。
そして、ゲヴェルツトラミネール ヴァンダンジュタルディブ。
ヴァンダンジュタルデイブは甘口ワインとして認識されているのだが、ここのヴァンダンジュタルデイブは甘くないのだ。
色ははちみつのような、いや、ウイスキーのような色合いで、味はゲヴェルツトラミネールの女性らしいバラやライチの香りではなく、胡椒、香辛料、さらにそこにスモーキーさが追加されたような、とても男性的味わいで、葉巻を一緒に食後に飲むワインのようなイメージだ。甘口は苦手、ウイスキーのような蒸留酒がお好きと言う方にはぜひ試していただきたい一品でもある。
そして最後に赤。ピノ・ノワールなのだが、先ほどのTRAENHEIMの白と同じく、この村のワインとも言えるワイン。
村の人たち曰く、ここの土壌は特別なので、やはりこのTRAENHEIMという村の名前を押し出したい、そして村にあるすべてのワイナリーで同じラベルで販売していきたい、という思いがこもっているワインなのだ。
どの村に行っても、村を大切にする気持ちが伝わるし、そういう気持ちは大事だと思う。650人しかいない村でも、少しでも多くの人に知ってもらえたら、それは確かに村おこしにも繋がる。ここのワインを飲んで、村の名前を憶えてもらえたら村の人も嬉しいだろう。
アルザスはバ・ラン県とオ・ラン県があり、コルマールが近いオ・ラン県の方が、有名な村も多く、現在ではストラスブール近郊の村のワイナリーが集まって、アルザスワインプロモーションを行っている組合もある。その組合のワイナリーがストラスブールのクリスマスマーケットでローテーションで屋台でアルザスワイン販売を展開している。
Fischbachさんもその組合に最近仲間入りしたワイナリーだ。運が良ければストラスブールのクリスマスマーケット時にJeanさんのワインに出会えるかもしれない。
家族の事情などから、一度はオーストラリアに移住をしたが、母親が他界し、歴史あるワイナリーが人の手に渡ってしまうかもしれないと知って、アルザスに戻ってきたJeanさん。
ワイン生産を一人で始めた時はまだ20代、そしてまだ、生産歴3年という、本当に若いワイナリーさん。一人で頑張っている姿は、これから応援したくなる、そんなアルザス自然派ワイナリーだ。
私はアルザスワインという枠の中でワイナリー巡りをしていて、自然派、オーガニック、ビオデイナミなどにはこだわらず、美味しいワインは美味しい、と思っている。
けれど、やはり土壌を大事にして、自然を愛し、良いワインを作ろうという想いを持つ生産者はその人柄もワインに反映されるし、そういう想いから自然派ワイン、オーガニックワイン、という新たな形でのワイン生産になっていくんだと思う。
日本には2020年の始めに約3000本、そしてまた2020年夏には新たに日本へ輸出する予定ということなので、ぜひ、日本でも見かけたらお試しいただければと思う。日本には全種類入っていないかもしれないが、私の個人的お勧めはミュスカとグランクリュだ。