ジェノヴァ空港から市街地を抜け、カーブが続く海岸線へ。やがて、その「まち」が見えてくる。14時間のフライトを終えてほっとする瞬間だ。それにしてもこの安堵感と幸福感はいったいなんなのだろう… まるで、故郷に帰ってきたときと同じような感覚だ。
「おかえり!」とまず温かく迎えてくれるのは、常宿にしているホテルのスタッフ。「海側のお部屋を取ってあるわよ〜!」 窓を開けると、どこまでも青い海が広がっている。スーツケースから衣類や洗面具を取り出し、定位置へ。天井が高く、広々とした部屋は、海辺のリゾートらしい色調の家具や調度品で上品にまとめられ、使い勝手もよく、居心地がいい。華美な装飾など、ここではいらない。
いつものまちに出てみよう。車をシャットアウトした海岸通りには、バールやリストランテ、ギャラリー、様々なショップが建ち並ぶ。ほどなく「おかえり!」と呼びとめる声があっちこっちから。
まち一番と評判のジェラテリアの店主にはじまり、とびきり美味しいカプッチョ(カップッチーノのこと)を淹れてくれるバールのアルベルト、フォカッチャ屋のティーノ、薬局のシモーナ、漁師のアルフォンソ、製本屋のロベルト… いつもの、変わらぬ、顔ぶれだ。
小さな港の真ん前にある、小さなギャラリーへ。
「ただいま!帰ってきたわ〜!」
「チャ〜〜〜オ!おかえり!もう待ちくたびれちゃったわ〜」 こう答えるのは画家のアレッサンドラ(『うちにおいでよ』7月12日掲載: wine-what.jp/column/4328/に登場)。彼女との出逢いは18年前、きっかけはそのホテル。客室やコリドーイオ(通路)に飾られたチャーミングな絵の数々。郷土愛と家族愛にあふれた油彩と水彩。これらはすべて彼女の作品だったのだ。わたしは、部屋に掛けられた一枚の絵が無性に欲しくなった。「深い緑に包まれ、ひっそりと佇む修道院(Abbazia di San Fruttuoso)」。他とは幾分趣を異にしている。大事に大事に日本へ連れて帰った。以来彼女とのAmicizia(友情)は続いている。
幾度となく帰ってきた、この「まち」では、もはやわたしは単なる「異国の旅人」ではないようだ。18年の時の流れは「互いを想うPensiero(気持ち)」を大切に育んでくれていた。離れていても「元気でいるかしら? どうしているかしら?」 まるで家族を想うように、心にある存在となっていた。
昨年、アレッサンドラの作品と日本で運命的再会をした。白金台のリストランテ。母の住まいからほど近い。個室に掛けられた2枚の絵… その「海辺のまち」の風景を見ていると、彼女やまちのみんなの賑やかな声が聞こえてくるかのようだ。
そして、このリストランテも… 母に逢いにいく度に「繰り返し戻りたいところ」なのである。