パリでも味わえないような暖炉料理を東京で
東京・代官山に連なるモダンな低層ビルディングの一角で、その歴史的遺産と遭遇を果たした。
レストラン「パッション」メインダイニング奥に鎮座する、石造りの巨大な暖炉。薪をくべながら、総支配人のパトリック・パッションさんが紹介してくれた。
「リヨン近郊の修道院で実際に使われていた暖炉です。日本にはなかった暖炉の文化を紹介すべく、50年前にフランスから運ばれ設置された経緯があります」
当初は「ポール・ボキューズ」初の海外進出店であった暖炉付き店舗を、1984年から「パッション」が継承。以来37年間、ランチタイム開始前には必ず火が熾され、薪の小さくはぜる音と心地よい炭の香りをダイニングに運んできた。
ヨーロッパ史の知識を持つ人なら、暖炉を縁取るマントルピース上部にあしらわれた帆立貝の模様に目を留めるはずだ。そう、聖ヤコブの遺骸を祭っているとされるサンティアゴ・デ・コンポステーラに深く関係するモチーフこそが、帆立貝。聖地サンティアゴを目指す人々が行き交う巡礼の道では、巡礼者をもてなす建物が帆立貝のシンボルを掲げて人を招いた。暖炉の帆立貝マークは、ユネスコ世界遺産にも認定された歴史ある巡礼の道上にまぎれもなく存在していた事実を証明している。
ダイニング内の暖炉でムードと料理をお客様へ提供する伝統スタイルは、もはや本場フランスとて都市部ではまずお目にかかれない。
「今、新たにこのような暖炉を日本で設置するのは無理です。世界遺産に絡む暖炉の輸出をフランスは許可しないでしょうし、日本でもビル内の大型暖炉設置は消防法の認可が下りません」(パトリックさん)。
奇跡的に暖炉を入手できた「パッション」だが、大型の煙突を掃除するのも、よく乾燥した楢の薪を大量入手するのもひと苦労。熱い暖炉に水がかかると石材が割れてしまうので、営業終了後の鎮火は、自然に消えるのをひたすら待つのみ。歴史的遺跡の暖炉前で艶と香ばしさを増す肉料理の背後には、膨大な手間と時間が費やされている。
南仏流おもてなしは安らぎをくれる
この日、シェフのアンドレ・パッションさんが暖炉で調理した南仏料理を2品披露してくれた。アンドレさんの故郷である南仏のワイン「テロワール・ド・ロシュ・マゼ コルビエール」「ロシュ・マゼ カベルネ・ソーヴィニヨン」それぞれに合わせ、イノシシの赤ワイン煮込みと仔羊ローストを用意。じつは「パッション」、南仏ワインの品揃えに定評があり、隣の姉妹店扱い分を加え計420アイテムを誇る。
当然、南仏ワインと南仏料理のペアリングは非常に的確。と同時に、ワインも料理も堅苦し過ぎないのが南仏流だ。ワインと料理で客をほっこりさせる南仏人のおもてなしは、遠い昔、巡礼の旅人に安らぎを与えた暖炉の文化とリンクする。さらには、慌ただしい刻の流れを旅する現代人が渇望する、美味なる癒しにほかならない。
テロワール・ド・ロシュ・マゼ コルビエールには
平戸産イノシシのオキシタン風赤ワイン煮込み(3,000円)
「煮込み鍋にはコルビエールの赤ワインを3本分(!)入れて煮詰めました」と語るシェフのアンドレ・パッションさん(左)と、「仔羊は繊細な味わいなので、エレガントでやさしいラングドック産カベルネを」と提案する総支配人のパトリック・パッションさん(右)
テロワール・ド・ロシュ・マゼ コルビエール 赤
ロシュ・マゼ カベルネ・ソーヴィニヨンには
仔羊背肉一本のロースト(9,000円)
ロシュ・マゼ カベルネ・ソーヴィニヨン 赤