1000年の純血羊
アイスランドにおける人類の歴史は、西暦900年の前後に、バイキングが入植したことにはじまり、アイスランドでの牧羊の歴史も、ほとんどおなじころからはじまるという。その名のとおりで寒いアイスランドでは、羊は毛皮のもととしても、重宝だったようだ。
アイスランドの牧羊は文化遺産。わずか33万人の人口の国に、なんと2,000軒もの牧羊農家があり、そのほとんどは家族経営だという。そしてその羊、アイスランディック・シープは、バイキングたちがもちこんだ羊の直系の子孫。アイスランドの環境に順応してきた、という事実はあれ、他の種との雑交はない純血種なのだ。
さらに、高品質な羊肉をうみだすための研究も近年では余念なく、全体の90%以上の羊が、アイスランドでは、いまやデータベース登録をすませている、いわば血統書つき。約20年にわたる追求の結果、約10年前からは、飛躍的にその品質が向上したというのだ。
大自然のなかで健康に育つ
動物でも植物でも、おいしい食材の基本は、人間が手間暇かけて育てること、そして豊かな自然の恵みをうけて育つこと。澄んだ空気と水にめぐまれ、生きた動物は輸入禁止のアイスランドは、寒い国ということもあって、疫病や害虫の心配もない。つまり除草剤も殺虫剤もそもそも不要。これにくわえて、成長ホルモン使用禁止、抗生物質の厳しい使用制限と、純血にして伝統の羊たちは、アイスランドの人々によって手厚くまもられている。
5月にうまれた羊たちは、大自然のなかを放し飼いでくらし、海に山に、野生の草をたべてのびのびと育つ。アイスランドラムがたべるのは、スゲ、ヤナギ、ハマカンザシ、シレネ・アカウリス、ベリー類といった植物。かくしてアイスランドラムならではのヘルシーな栄養バランスとエレガントな風味がつくられる。
屠殺は9月から10月にかけておこなわれ、つまり、アイスランド産のラム肉は若い肉。他の地域だと、羊の月齢は12カ月以下であることがおおい。
ついに日本でも食べられるように
アイスランドのラム肉は、言葉で説明しても差別化要因に富むのだけれど、それを抜きにしても、味がこれまで日本人のよく知るラム肉のそれとはちがう。腕の良い料理人によって素材の持ち味をひきだされ、調理されたラム肉は、口にいれるまではほとんど匂いがなく、あたかも、すぐれたチョコレートが口にいれたときに複雑なカカオの味を花開かせるかのように、すぐれたワインがグラスに注がれると、ワインになるまでのストーリーを物語るように、口にふくむと上品で饒舌なのだ。
そのため、敏感な日本の食のプロたちはいちはやく目をつけていたのだけれど、アイスランドラムは日本のラム肉輸入総量のわずか2%程度という、稀少にして入手困難な肉のため、消費者もなかなかお目にかかれなかった。ところが、最近、徐々に、その輸入量が拡大しつつあるというのだ。アイスランドラム業界、そして日本の飲食のプロたちの熱意の証左として、過日、アイスランド大使館と輸入社グローバル・ビジョンが、アイスランドラムの試食パーティーを開催し、WINE-WHAT!?編集部もラムのパラダイムシフトを経験したところだ。
東京であれば、足立区千住は東京芸術センター20Fの「tapis rouge」、代々木上原の「ラ・ファソン 古賀」などで、アイスランドラムを味わうことができる。自身で味をたしかめたあとは、ゲストにラムと告げずに味わってもらい、その驚く顔をうかがう、というのも、よいのではないだろうか。