カメラに呼ばれたとしか思えなくて
終始大事そうに抱えているのは、凛とした面構えの真新しいカメラ。今いちばん彼女をときめかせている宝物だ。
「カメラ屋さんで相談して、初心者向けの1台を買おうとしたとき、ふとこの子と目が合ったんです。これが素人に扱えるものではないことは百も承知なんですけど、カメラに呼ばれたとしか思えなくて、もうこの子だ、と(笑)」
そう笑顔で語るのは女優の松本まりかさん。今年1月から放送されていたドラマ『神酒クリニックで乾杯を』(BSテレ東)では妖艶な女医を演じていたが、その舞台裏では共演の安藤政信さん、三浦貴大さんとともにカメラを巡る無邪気なやりとりがあったのだとか。
「安藤くんと三浦くんが写真が大好きで、撮影の空き時間によくカメラを向けてくれていたんです。その姿が本当に生き生きとして、楽しそうで。そんな彼らの情熱に、私、突き動かされてしまったんですよね。撮られることもすごく楽しかったんですけど、すぐに自分でも撮りたいって思うようになって」
カメラを手にしたことで、被写体としての自身の意識も変わったという。事実、このページの撮影にあたって、まりかさんからいくつものポジティブな提案があった。正直なところ、こんな女優さんは珍しい。
「すみません、思いついたことをどんどん口に出してしまって(笑)。今まで見逃していたことが見えるようになってきたというか。ファインダー越しに自分がどう見えているのかということも、想像できるようになってくるとおもしろくて。薄々気づいてはいたんです。空がきれいだなとか、お花が咲いたなとか、そういうことを日々の生活を過ごしている中で見過ごしてしまっていたなって。でもカメラを持って、改めて一瞬一瞬を大事にしようと思うようになりました。たとえば、このお肉! 美味しそう〜(笑)」
目の前に置かれた一皿は、今回の撮影でお邪魔した「ル・セヴェロ」さんのスペシャリテ、熟成ランプ肉のステーキ。
カメラを構えてシャッターを何度か切り、まりかさんはくるりと瞳をこちらへ向ける。
普段は貴腐ワインやアイスワインなど、甘口を好む
「一口いただいてもいいですか?」
そしてワインも一口。チリの最高峰として知られる「シレンシオ」。普段は貴腐ワインやアイスワインなど、甘口を好むまりかさんのお口に合うかどうか。
「んんん〜っ! 美味しい! お肉もワインも最高! というわけで、もう二口ぐらいいいですか(笑)」
打てば響くとは、まるで彼女のためにあるような言葉だと思う。好奇心の赴くままに感じて、受け取る。なるほど、それが振れ幅の大きな役柄を難なくこなせるゆえんかもしれない。演じるというよりは、役柄が憑依しているかのように感じられる。
「意識的にそうしているわけではないのですが、ずっと同じやくを演じていると、だんだん役にひっぱられていくというか、喋り方もちょっと変わってきたりするんです。でも、お芝居が終わると自然に元に戻って、また次の役に自然と寄っていく。演技に集中しているとき、他のどんなことより生きている実感が湧くんですよね。その心が震えるような感覚を、ずっと求めているのかもしれません」
彼女の出世作といえば、やはり昨年のドラマ『ホリデイラブ』。世間で言われるところの“あざとかわいい”キャラクターを演じきったことで、注目度が一気に上がった。
求められるって、こんなに嬉しい
「私が演じたのは、女性に受け入れがたいタイプのあざとい女の子(笑)。でも、そこが好きだと言ってくれる視聴者の方もたくさんいて、その声に私は救われました。おかげで、長くこのお仕事をさせていただいてきて、今少しずつですが、役者としての自分を認められるようになってきました。
その後、次々に新しい役をいただき、求められるってこんなに嬉しいことなんだな、と。もちろん他人に褒められなくても自分が信じた道を進んでいく生き方は素敵ですし、いずれは私もそうなれたらいいなと思う。だけど、今はみなさんに求めてもらえる、好きだと言ってもらえることが、本当に力になっているんです。人と繋がっていると感じることができるのは、素直に嬉しいですしね。それは、この1年でとても感じるようになりました」
キャリアは実に20年近い。役者やモデルのみならず、個性的な声質を生かして声優、ナレーターに至るまで仕事の内容は多岐にわたり、そのすべてが現在34歳の松本まりかを形成している。フレッシュな印象が強いけれど、ふとした瞬間に見せる落ち着いた優しい眼差しは、大人の女性そのものだ。
「ここ1年で、松本まりかをはじめて知ってくださった方がたくさんいます。そういった方々にも、もっと私を知っていただきたいですし、役者としてはこれまでの自分の経験がお芝居として滲み出てきたらおもしろいと思うので、さらにより深くお仕事に取り組んでいきたいと思っています」
最後に、まりかさんに聞いた。愛機でこれから何を撮りたいですか、と。すると、思いがけない、だけど素敵な答えが返ってきた。
「女優さんを撮りたいです! 演じることの中に誰もが何かしらの“生”を感じているなら、その一瞬の表情を切り取ってみたいなって。それによって、私も自分の役者としての仕事がますます面白くなるんじゃないかなって、そんな期待をしています。ただ、今はとにかく早くカメラを使いこなせるようになりたい。そしていつかうまくなったら、『WINE-WHAT!?』さんで撮らせてもらえたら嬉しいです(笑)」