「ワインホワット!?」読者にぜひおススメしたい映画
そのイベントは、ある映画の中に出てくる料理を、帝国ホテルのシェフが実際に作って、それを食べるという映画会社主催の宣伝イベント。参加できるのは、一般公募で選ばれた21組42名だけ。出演している人気俳優や監督の挨拶、パフォーマンスも見られるとあって、当選倍率は約280倍という狭き門だったそうだ。まさにスペシャルイベント。
イベントのタイトルは「ラストレシピ 〜麒麟の舌の記憶〜 プレミアム晩餐会」。そう、ある映画とは、「母と暮らせば」(2015)で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞した二宮和也と、「おくりびと」(2008)でアメリカアカデミー賞外国語映画賞を受賞した滝田洋二郎監督が初タッグを組んだ話題の映画「ラストレシピ ~麒麟の舌の記憶~」だ。11月3日に公開が始まったばかり。評判も上々だ。
“ぴあ映画初日満足度調査”(11月4日ぴあ調べ) では第1位を獲得。ローティーンからシニア層まで幅広い世代に支持されており、劇場でのアンケート調査でも、作品の満足度は97.9%、96.6%がこの映画を「人にすすめる」と答えている。
共演は、西島秀俊、綾野剛、宮﨑あおい、西畑大吾(関西ジャニーズJr.)、竹野内豊、笈田ヨシと、豪華。そして、この映画、本当の主役は料理。美味しそうな料理が次々と登場する。伝説のテレビ番組「料理の鉄人」を手がけた作家、田中経一の原作だけあって、そのこだわりぶりは尋常ではない。そして、料理を監修したのは、その「料理の鉄人」にも出演していた服部幸應先生。料理のシーンが本格的で、料理のうんちくに説得力があるのも、この二人がいるのなら納得できる。
物語は、一度食べた味を記憶し、再現することのできる「絶対味覚=麒麟の舌」を持つ二人の天才料理人を中心に進む。一人は1930年代の満州、一人は2000年代の日本、違う時代を生きる二人をつなぐのは、満漢全席を超える、究極の日本料理フルコース「大日本帝国食菜全席」のメニューだ。
このメニューは、誰が、なぜ、何のためにつくったのか。そのレシピは、なぜ消えてしまったのか? 一体今どこにあるのか? 謎が謎を呼ぶ展開は、まるでミステリーだ。しかし、その謎がすべて解けたとき、見るものをあたたかい気持ちにする感動の結末を迎える。試写を見て恥ずかしながら、泣いてしまった。やはり、美味しい料理は幸せの元なのだ。いい映画だ。「ワインホワット!?」読者にぜひおススメしたい。大好きな人と見に行って、見終わった後、一緒に美味しい料理を食べて、幸せな気持ちに浸って欲しいと思う。
そして、実食タイム
「大日本帝国食菜全席」の料理は、全部で112種類。鮎の中骨揚げや肝を、切り身と一緒にキュウリや蓼の葉などと一緒に巻く「鮎の春巻き」、ロールキャベツの中に餅を入れ、カツオだしで食べる「ロールキャベツの雑煮風」など、食べたいと思った印象的な料理がたくさんあった。
その中から、このイベントで出された料理は3種。テーブルに置かれていたメニュー表には、「Memory of the Galaxy」、「深海の時へ」、「黒と白のラビリンス パンダードのドルマ仕立て」と書かれていた。はて、そんなメニューあったかな? と最初は思ったのだが、実際に出てくると思い出す。「Memory of the Galaxy」は、素麺にキャビアを載せてパスタのようにからめて食べる料理。劇中の試食シーンで、竹野内豊演じる三宅大佐がキャビアを大盛りにして食べていたっけ。「黒と白のラビリンス」は、西島秀俊演じる一人目の天才料理人、山形直太朗が三宅大佐の眼の前で火をつけ、フランベしてみせた料理だ。物語のクライマックスへの導入シーンだった。
どの皿も印象的なシーンに出てきた料理なのに、最初わからなかったのは、おそらく劇中では違う料理名だったからだと思う。「Memory of the Galaxy」は、確か「キャビアと素麺の天の川風」だった。名前を変えたのは、少しレシピや材料を変えたからなのだろうか。出てきた料理には、素麺ではなくパスタを使っていた。
少しがっかりした。が、素麺を使った場合の味は十分に想像できる。この日も登壇し、料理を解説してくれた服部先生によると、パスタが本当なのだそうだ。
いや、本当じゃない方の素麺で食べたっかたなと脳内でツッコミを入れつつも、今回のようなバンケットスタイルは、ゆでたてを出せる環境ではないので、パスタを使ったほうが実際うまいんだろうなと思った。
お客を感動に導くためには、忠実に再現するだけでなく、臨機応変に考えることも大切なのだろう。
「深海の海へ」は、オマール海老の最高峰と言われるブルーオマールを使っている。美しい青色の攻殻を持つ海老なのだが、火を入れると赤くなる。甘みが強く、プリッとした食感がたまらない。日本ではなかなかお目にかかれない高級食材の登場に、会場は歓声に包まれた。
そして、「黒と白のラビリンス パンダードのドルマ仕立て」。見た目もユニークだが、味わいもユニーク。映画のレシピでは孔雀の肉を使うのだが、さすがに孔雀肉を手に入れることはできないので、ほろほろ鳥を使ったという。ほろほろ鳥でも十分に珍しい。ほとんどのお客が初体験だったのではないだろうか。恥ずかしながら、私も初めて食した。食べると、普通の鶏肉よりは旨味が濃い。野性味は感じるが臭みは全くない。うまい。
ほろほろ鳥の肉に野菜などをつめ、甘いソースで食べる繊細な皿。それを白と黒の石をちりばめたドームの中で蒸し焼きにする。映画では西島秀俊が行っていた最後の仕上げのフランベを、この日は二宮和也が行ってみせた。
このイベントが帝国ホテルで行われた理由
帝国ホテルがイベント会場として選ばれたのには理由がある。「大日本帝国食菜全席」が作られたのと同じ時代に、帝国ホテルで初代総料理長を務めた吉川兼吉氏が西洋料理のレシピを作成しているのだ。そのレシピが、2009年に吉川家から帝国ホテルに寄贈され、再び脚光を浴びることになる。非常に完成度の高いレシピブックが、約100年前に作られていたことに人々は驚き、大きな話題となった。
歴史の中に消えたレシピが時代を超えて復活するという、この映画の軸となっている展開が、現実にも起こっていたわけである。この日は、その吉川兼吉レシピからも、牛舌肉煮込、煎揚げ馬鈴薯、茄子詰物、そしてデザートの露国風洋梨乳酪冷菓が振る舞われた。
結論、架空の世界で作られた料理は、現実でもうまい
結論をいうと、「ラストレシピ 〜麒麟の舌の記憶〜」に登場した料理はうまかった。ただ、架空の世界で作られた料理を、現実世界で再現するためには、やはり多少のアレンジは必要なようだ。でも、結局それは、現実の世界で考案された料理でも同じこと。帝国ホテル現総料理長・田中健一郎氏によると、例えば吉川兼吉レシピのデザートは、甘さを控えめに作ったのだという。レシピ通りに作ると、現代人には甘すぎると感じられるからだそうだ。
つまり、映画のために考案されたものも、現実のレシピと本質的には変わらないと言える。服部先生のような料理の専門家が監修に入り、さらに緻密な取材・検証の上で作られるのだから、まずいわけがない。おそらくレシピ作りのアプローチは、現実世界のそれと変わらない。
ちなみに、この日料理に合わせて出されたワインは、まずはシャンパーニュのランソン、そして白はブルゴーニュのプイィ・フュイッセ、赤はボルドーのオプティマ ドゥ シャトー メイール。究極のレシピにふさわしい、間違いのない王道のワインが揃った。料理もワインも大満足の晩餐会だった。
ただ、もう一つだけ食べてみたかった料理がある。それは、主人公の佐々木充(二宮和也)の親友であり、良き理解者の柳沢健(綾野剛)が雇われ店長として働く大衆中華店で作っていた黄金炒飯。贅沢な素材をふんだんに使った高級料理よりも、そんな日常の美味にそそられてしまう。山形直太朗(西島秀俊)が娘のために作ったビーフカツサンドも美味しそうだったなぁ。
などと思っていたら、なんとセブンイレブンで、コラボ弁当として売っていた。黄金炒飯とビーフカツサンド、思わず買ってしまった。やるな、東宝。